榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

三島由紀夫自決事件について著者は何も語らない不思議な本・・・【山椒読書論(117)】

【amazon 『昭和45年11月25日』 カスタマーレビュー 2012年12月8日】 山椒読書論(117)

昭和45年11月25日――三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(中川右介著、幻冬舎新書)は、不思議な本である。

昭和45年11月25日、三島由紀夫が楯の会の同志を率いて自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込み、東部方面総監を人質とし、バルコニー上から自衛隊員に演説後、割腹自殺した、いわゆる三島事件は、当時、大変なセンセーションを巻き起こした。

製薬会社の三共に入社して4年目であった私も、強い衝撃を受けたことを鮮明に覚えている。

著者自身が、この事件にどういう印象を抱いたのか、この事件の意味をどう判断したのか、この事件からどういう影響を受けたのか――といったことは、本書には一切書かれていない。不思議な本だというのは、この理由による。

その代わり、この書は、実にさまざまな121名の人々――浅田次郎、浅利慶太、石原慎太郎、五木寛之、大江健三郎、大宅壮一、小澤征爾、勝新太郎、亀山郁夫、川端康成、菅伸子、倉本聰、後藤田正晴、佐藤栄作、椎名誠、司馬遼太郎、澁澤龍彦、昭和天皇、杉村春子、瀬戸内晴美、田中角栄、辻邦生、堤清二、鶴田浩二、寺山修司、ドリフターズ、中曽根康弘、仲代達矢、中村歌右衛門、中村勘三郎、橋本治、坂東玉三郎、藤純子、舛添要一、松任谷由美、丸山明宏、美空ひばり、村上春樹、村上龍、村田英雄、森村誠一、横尾忠則、吉行淳之介、若尾文子などなど――が、この事件をどう受け止めたかを語ったものの引用から成り立っている。

三島の戯曲『サド侯爵夫人』には、サド侯爵本人は登場しない。6人の女性が語る内容からサド侯爵の姿が見えてくるという趣向が凝らされている。著者の中川はこれに倣っているのだが、この手法は成功していると言えるだろう。なぜならば、三島事件はそう簡単に一面的には語れない性質のもので、多面的にスポットを当てることによって、初めてその実態が浮かび上がってくるからである。