榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

34年間、幽閉された鉄仮面の正体・・・【リーダーのための読書論(20)】

【医薬経済 2008年11月1日号】 リーダーのための読書論(20)

世界で一番恐ろしい闇の世界史』(桐生操著、ベストセラーズ)には、世界史の謎の事件が多数収められているが、「謎の囚人『鉄仮面』事件」に一番興味を惹かれる。

「太陽王」と謳われたフランス絶対王政の権化・ルイ14世によって34年間、幽閉された実在の人物Xが、1703年11月19日午後10時、バスティーユ監獄で、その数奇な生を閉じた。

この人物Xはいったい誰だったのか? なぜ、この人物は34年も、しかも死ぬまで幽閉されたのか? なぜ仮面をかぶせられ、厳重な監視下に置かれたのか? もっとも、仮面は世に喧伝された鉄製ではなく、黒ビロード製であったが、なぜ口を利くことを禁じられ、禁を破ったときは、直ちに殺されることになっていたのか? それなのに、なぜ食事や衣服などは最高級の物が与えられていたのか?

これまでヴォルテール、アレクサンドル・デュマ、マルセル・パニョルをはじめ、多くの人々がこの謎に挑んできたが、これらの疑問の全てを満足させる答えを出した者はいなかった。

ところが、『鉄・仮・面――歴史に封印された男』(ハリー・トンプソン著、月村澄枝訳、JICC出版局。出版元品切れ)の中で、著者がこの謎の人物Xの正体を突き止め、その名前まで明らかにしてしまったのである。

ルイ13世の治世下、政治の実権を握っていた枢機卿のリシュリューにとって最大の悩みは、ルイ13世が女性に興味を示さず、王妃アンヌと不仲で、22年間も世継ぎに恵まれないことであった。そこでリシュリューは、代理の父親を立てて、王妃に世継ぎを産ませることを思い立ち、その父親役として選ばれたのが、リシュリューの右腕で、直属の銃士隊隊長のフランソワ・ド・カヴォワであった。この計画は首尾よく成功し、王妃は未来のルイ14世を出産する。

ところが、やがて2つの問題が生じてくる。1つは、若き国王ルイ14世がカヴォワ家の兄弟たちと驚くほど似ており、父のルイ13世とは顔、体格、性格、女性関係のいずれをとっても、似ても似つかぬことが誰の目にも明らかになったことである。もっとも、これは偶然の一致として一笑に付すことができるだろう。

だが、もう1つは、ブルボン王朝の基盤を揺るがしかねない、ずっと深刻な問題であった。フランソワの三男のユスターシュ・ド・カヴォワが、自分の父親が絡んだ世継ぎ確保計画の秘密を知ってしまったのである。

金遣いが荒く、生活も荒れ、一家の持て余し者となっていた32歳のユスターシュが、この秘密をネタに「異母弟」のルイ14世から金をゆすろうとして逆に逮捕され、監獄の奥深く封じ込められてしまったのは、1669年のことであった。これが、以後34年に亘る幽閉の始まりであった。

因みに、デュマの『三銃士』で名高いダルタニャンもまた実在の人物であるが、このダルタニャンがユスターシュのことを、「彼は自分の兄弟に恥をかかせ、ことさら蛮勇の士を気取った男」で、彼が近くにいると必ず「最悪の場所で、全く些細な理由から、斬り合いが始まった」と非難している。また、仮面の男を34年間、監視し続けた監獄司令官サン・マールは、ダルタニャンの信頼の厚い、かつての部下であった。

男の顔を仮面で隠したのは、当時のフランスで誰もが知っている国王と瓜二つの顔と知られないためだったのである。