不確実な世界を生き抜くための「確率論的思考」とは・・・【リーダーのための読書論(45)】
人は偶然を必然と思い込み、しばしば致命的な失敗を犯す。これを避けるためには、どうしたらよいのか。物事の本質を確率という面から捉え、何事にも絶対ということはないのだと思い知ることが必要だ、というのが、『確率論的思考――金融市場のプロが教える最後に勝つための哲学』(田渕直也著、日本実業出版社)の主張である。本書は、ものの考え方、すなわち確率論的な思考法を扱っているのであって、確率論の本ではない。従って、算式は出てこないし、確率論の詳しい知識も必要ない。
長年、金融市場で仕事をしてきた著者にとって、市場から学んだ最も根本的なことは、「相場の先行きを正確に予測することは不可能であるだけでなく、そもそも正確に予測をするという考え方自体が避けなければならないものである」ということだった。一時的な成功ではなく、長続きする成功を本当の成功と呼ぶならば、本当の成功者は100%確実な将来があるなどとは考えていない。その代わりに、不確実性に満ちた複雑な現実の中で成功をより確かなものとするにはどうすべきかを考える。物事を確率論的に捉え、何事をも絶対視しないという確率論的思考が必要とされる所以(ゆえん)である。
長期的成功と短期的成功は全く別物である。それどころか、短期的成功は多くの場合、長期的成功を阻害する要因となる。しかし、ほとんどの企業は短期的成功を目指して悪戦苦闘しているように見える。短期的成功の積み重ねが長期的成功に繋がると信じているからだ。発想の転換が必要だ、と著者は手厳しい。この長期的成功の重要性を考える材料として、織田信長など歴史上の実例が挙げられている。短期成功者は自分の成功体験に酔いしれるのが普通である。桶狭間の戦いで勝利を得たのだから、これを再現するのは容易だと考えてしまう。しかし、信長は成功体験に溺れることなく、これ以降は少しでも危険がある戦いは極力避けるようになった。不確実性を少しでも減らそうとしたことこそが、信長の本当の凄さであり、強さだったのだ、というのである。
不確実な世界の特徴は3つにまとめることができる。①不確実性は、何者にも予測できない。②不確実性のもとでは、失敗を避けることはできない。③不確実な世界では、全てのことは確率を伴う。それでは、不確実な世界で必要なものは何なのか。不確実性のもとでは、「多様性の確保」「失敗の許容と活用」「長期的視点」が不可欠であり、この3つが確率論的思考のキイワードだ、と著者は強調する。これらの要素が組み合わさると、さまざまな観点を取り入れながら、小さな失敗を時に繰り返しつつ少しずつ前進し、長期的に安定した成功を成し遂げるというプロセスが浮かび上がってくる。これは「試行錯誤による計画のない進歩」であり、これこそが確率論的思考の神髄だからである。
不確実性の中では、正確な将来予測はできない。故に、いつでも予期しない事態が発生し得る。一度でも多様な角度から検討を加えた結論は、そうでない結論と比べて、予期しない事態に備える心構えができており、柔軟な対応力を備えている。また、失敗は悪と決めつけるのではなく、むしろそこから何かを学ぶべきものと捉えることが大切である。そして、よい結果が生まれる確率が高いやり方を長期に亘って実行し続けることが必要なのである。
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