ドイツ軍を敗北させたチャーチルとアイゼンハワーのリーダーシップに学ぼう・・・【リーダーのための読書論(49)】
『史上最大の決断――「ノルマンディー上陸作戦」を成功に導いた賢慮のリーダーシップ』(野中郁次郎・荻野進介著、ダイヤモンド社)のテーマは、第二次世界大戦の勝敗の行方を決定づけた、質量共に「史上最大の作戦」ノルマンディー上陸作戦の戦史研究から導き出されたリーダーシップ論である。
「ナチス・ドイツの敗北を決定的にした戦い、それが史上最大規模で実行された(ナチス・ドイツ占領下のフランス北西部の)ノルマンディー上陸作戦だった。100kmにも及ぶ海岸線を5か所に分け、Dディ当日(1944年6月6日)だけでも英米軍を中心にカナダやフランス、ポーランドなどの将兵13万名強が上陸、9000名ほどの死傷者を出しながらも、海岸線に足がかりを確保することに成功した」。
連合国のウィンストン・チャーチルとドイツのアドルフ・ヒトラーのリーダーシップの比較、ノルマンディー上陸作戦を率いた最高司令官、ドワイト・D・アイゼンハワーのリーダーシップを中心に、作戦の準備、展開、その後が、双方の内情を織り込みながら、臨場感豊かに描かれていく。
「戦略は、『国家の資源をどう使うか』を決める大戦略(grand strategy)、『いまある武力でどう戦うか』を決める軍事戦略(military strategy)、『いつ、どこでどんな戦いを行うか』を決定する作戦戦略(operational strategy)の3つに分かれる。それらの下に来るのが、個別具体的にどう戦うかを決める戦術(tactics)である」。
「われわれが生きている日々は無数の決断で成り立っている。ましてや戦争においては! 作戦内容、組織編制、リーダーの人選、兵站確保策、新兵器の開発、決行日と決行時間、決行地点、どこまで攻めるか、いつ降伏するか・・・。大戦略から軍事戦略、作戦戦略、そして現場の戦術まで、各リーダーは時々刻々移り変わる状況を判断しながら、次々に何ごとかを決めていかなければならない。いったん決めたら、それが誤ったものだと判明してもやり直しは利かない。リーダーは、その時その時で『最善の決断』を下さなければならないのである」。
「得られる情報は潤沢とは限らない。いや戦争の場合、情報は限定され、常に錯誤が生起するのが当たり前の常態である。そうした情報不足の中でも、最善の決断を下せるのはどんな人物なのだろうか。われわれはその答えをアリストテレスが提唱した『フロネシス』に求める。日本語では『賢慮(prudence)』、『実践的知恵(practical wisdom)』もしくは『実践理性(practical reason)』と訳されるが、われわれはそれを主として『実践知』と呼ぶ」。
フロネシスを備えた実践知リーダーに必要な能力として、この6つが挙げられている。
(1)「善い」目的をつくる能力
(2)ありのままの現実を直観する能力
(3)場をタイムリーにつくる能力
(4)直観の本質を物語る能力
(5)物語を実現する能力(政治力)
(6)実践知を組織する能力
「善い目的がなければ、多くの人を巻き込むことができない。現実を正確に把握できなければ、間違った判断を下してしまう。場をつくる能力がなければ、衆知を創発できない。うまく物語る能力がなければ人を説得できない。政治力なくしては優れた構想も画餅に終わってしまう。実践知を組織に広められなければ、メンバーが育たず、組織が一代限りになってしまう。だからこそ、この6つが必要不可欠なのだ」。
チャーチルこそ、この実践知を備えた理想的なリーダーだというのだ。そして、「偉大なる平凡人」アイゼンハワーの場合は、成長しながら、この実践知を身に付けていったというのである。
「フロネシス、すなわち実践知は、実践と知性を総合するバランス感覚を兼ね備えた賢人の知恵である。利益の最大化や敵の殲滅という単純なものだけではなく、多くの人が共感できる善い目的を掲げ、個々の文脈や関係性の只中で、最適かつ最善の決断を下すことができ、目的に向かって自らも邁進する人物(フロニモス)が備えた能力のことだ。予測が困難で、不確実なカオス状況でこそ真価を発揮し、新たな知や革新を持続的に生み出す未来創造型のリーダーシップに不可欠の能力でもある」。
アイゼンハワーは、ダグラス・マッカーサーとは異なり、カリスマ性のない軍人であった。多くの武勲を打ち立てた前線司令官でもなければ、特筆すべき知将でもなかった。脇の甘いところもある、ごく普通の人間だったにも拘わらず、なぜ歴史に足跡を残すリーダーになることができたのだろうか。アイゼンハワーの「凡人が非凡化するプロセス」は、我々凡人にとって大いに参考になる。
著者は、アイゼンハワーのプロセスを4つに整理している。
(1)職人道を真摯に追求、実践したこと
(2)複数のすぐれたメンターに恵まれたこと
(3)類まれな文脈力を身に付けたこと
(4)アメリカ陸軍という伸び盛りの組織に属していたこと
「置かれた場所で腐らず、驕らず、日々努力して高みを目指す人がいる。それを見て頼もしく思い、新たな知識を授けてくれたり、引き上げてくれたりする上司がいる。そういう人材が大きく羽ばたける制度と存分に活躍できる場も用意されている。凡人を非凡人に変えるプロセスをまとめるとこんな具合になる」。まさに至言である。
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