榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

よど号乗っ取り犯と日本人拉致事件の危険な関係・・・【リーダーのための読書論(37)】

【医薬経済 2010年4月1日号】 リーダーのための読書論(37)

敬愛する読書家のT先輩から薦められて『宿命――「よど号」亡命者たちの秘密工作』(高沢皓司著、新潮文庫)を読み始めたのは、あのよど号乗っ取り犯たちはその後、北朝鮮でどんな暮らしをしているのだろうという軽い好奇心からであった。ところが、途中まで読み進んだ時、状況が一変する。なぜならば、私が強い憤りを抱いている北朝鮮による日本人拉致事件と彼らの関係が炙り出されてきたからだ。関係があるというようなあやふやなレベルではなく、特にヨーロッパにおける一連の日本人拉致は、何とよど号メンバーの妻たちの仕業だったのである。

このドキュメントは、粘り強いジャーナリストの手に成る優れた作品であるにとどまらず、胸を掻き毟られるような内部告発の書でもある。巻末の解説によれば――1960年安保闘争と、その高揚の中から生まれた新左翼運動。その最盛期に青春時代を過ごした著者は、「共産主義者同盟(ブント)赤軍派」の活動家であった。赤軍派の中でも過激なことで知られた「関西ブント」の武闘派たちこそが、1970年3月31日、羽田から日航機をハイジャックして北朝鮮に飛んだ「よど号赤軍」なのである。この時、「彼らは闇への亡命者となった」のである。そのリーダーの田宮高麿は高沢の親しい友人であった。だからこそ、高沢はよど号が飛び立った直後から9人のメンバーの消息を追い求めた。しかし、日本と国交のない北朝鮮の闇は深かった。1972年、「連合赤軍」による一連の無惨な事件が発覚し、新左翼運動が急速に退潮してからも、高沢は北朝鮮にいるメンバーたちとコンタクトを取ろうとし続けた。これらの努力の末、高沢が平壌で田宮らとの再会を果たしたのは、実によど号事件から20年目のことである。共に酒を酌み交わし、旧交を温め、その後も東京と平壌を行き来する。だが、訪朝を重ねるごとに、高沢の心中に生じた疑問はどうしようもなく膨らんでいく。『宿命』は、この疑問を解き明かす過程を記録として残すために書かれたのである。

よど号メンバーが世間から厳重に隔離された「日本人革命村」で受けた思想改造。彼らに大きな影響を与えた金日成への謁見。メンバーの一人、小西隆裕の恋人の訪朝により、メンバー間に生じた嫉妬と動揺。その結果、提起された「結婚作戦」という名の日本人女性獲得計画。それに続くメンバーの妻たちによるヨーロッパでの一連の色仕掛けの日本人男性拉致と、割りのよい仕事があるという甘言を弄しての日本人女性の拉致。さらに、次の世代の革命要員となり、人質ともなる子供たちの出産。北朝鮮に留まっていると思われていたよど号メンバーと妻たちの日本を含む海外における活発な工作活動。仲間たちから裏切り者と烙印を押され、消されてしまったメンバーの岡本武、吉田金太郎とその妻たち。子供たちの「人道」を表面に押し立てた帰国工作。真実を覆い隠していた闇のベールが、次々と剥がされていく。

「彼らは手足に過ぎなかった。自ら考え判断していくことは禁じられた行為だった。任務はすべて『首領様』の御意志だった。命じられたことを一分の疑いもなく忠実に果たすことだけが、大恩ある金日成への忠誠心の表現だった。疑問を持たず考えることをしない人間だけが、北朝鮮では生きられる」。よど号メンバーと妻たちの工作活動の全ては金日成と金正日親子の指示によるものであり、これこそが彼らの悲劇の根源なのである。