榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

イスラム国の、シリアの、そして中東の真実を知ろう・・・【リーダーのための読書論(52)】

【amazon 『報道されない中東の真実』 カスタマーレビュー 2015年1月23日】 リーダーのための読書論(52)

国のリーダーたる者は、今や、真の中東情勢を知らずして、国を導くことはできない。だからと言って、私たち一般市民は知らなくていいということではない。この意味で、『報道されない中東の真実――動乱のシリア・アラブ世界の地殻変動』(国枝征昌樹著、朝日新聞出版)は、大変勉強になる。

読み進めてきて、「イスラム国」のページに差し掛かったところで、イスラム国による日本人2名の殺害予告事件が勃発したことを知り、あまりの偶然に息を呑んだ。

イスラム国については、このように説明されている。「これは武器グループの名前である。・・・この保守過激イスラム主義武装グループは・・・2014年6月29日以降はイスラム国家(Islamic State:IS)と名乗っている。アルカーイダ系から離脱した過激原理主義グループであり、命を捨てる狂信的な覚悟で戦闘に臨む戦闘員たちの勇猛な戦いぶりは相手陣営の戦闘員たちの心胆を寒からしめ大変な恐怖を与えると言われる。一般的に戦争は敵の戦闘能力を削ぎ、無力化することを目的にするが、ISにあっては敵の命そのものを奪うことが目的である。敵とみなす相手を容赦なくいとも簡単に斬首し、あるいは地面に跪かせて拳銃や小銃で撃ち殺す。見せしめのために広場で公開処刑をしばしば行う。日常的に拷問を行う。極めて強い宗派的な言動と行動をとり、アラウィ派市民やキリスト教徒を処刑する例が多い」。

イスラム国の実態については、このように記されている。「ISは資金が非常に豊富である。・・・ISがヌスラ戦線と対決し始めると思想を同じくする、あるいは武器類がより豊富であるなどの理由で同戦線からISに鞍替えする兵士が少なくない。・・・ISは全体で2万2000人余りの戦闘員を抱え、そのうち約5500人が外国人でISの中枢的役割を果たし、しかも彼らの中の250人のチェチェン人戦闘員たちが特に残虐で危険である。これらの外国人兵士に加えて主にシリア北部から参加した2000人の過激イスラム主義信奉者が兵力を担い、さらに欲得勘定で参加した兵士、あるいは恐怖によりやむなく戦列に参加しているシリア人兵士が1万5000人いると評価している。同じころシリア政府では、ISの兵力をおよそ1万5000人余りと評価していた」。

「さらに、同時期に・・・70ヵ国より3300人から1万1000人の外国人武闘要員がシリアの反体制派武装グループに参加し、そのうちの18%が欧米諸国、70%がアラブ中東諸国から来ている、欧米諸国の中では英国とフランスが特に多いと評価された。それらの外国人要員の大部分はISとヌスラ戦線に参加しているとされる。なお、シリア政府ではゾウビ情報大臣が外国人武装要員が80ヵ国以上から入っていると述べている」。

イスラム国の膨張ぶりについても言及されている。「シリアの東北部にあるラッカ県はシリアで民衆蜂起が始まっても平穏な情勢で推移していたが、2013年3月反体制派武装グループが一挙に攻め入りラッカ市を占拠し、県知事やバアス党代表を捕らえて県の行政機構を停止し、ラッカ県全体を反体制派側の手中に収めた。当初はISはラッカ市攻略武装グループには参加していなかったが徐々に市内に入り始め、当初から居た反体制派武装グループを次第に駆逐して、やがてラッカ県はISが支配するところになった」。

そして、ISはイスラム法による統治を行っているというのだ。「ISは支配地域で独自のIS流解釈によるシャリーア(イスラム法)を非常に厳しく施行する。加えて独自のシャリーア裁判所を設置し、市民に対して『無罪の推定』ではなく『疑わしきは厳しく罰する』姿勢で臨む。喫煙、飲酒の罪はむち打ち刑に加えて禁固刑、婚姻関係外での性的関係は死刑、神への冒涜も同じ、しかも10代前半の子どもたちまでも容赦なく大人と同じように裁き、罰し、拷問にかける。広場で公開の処刑がしばしば行われる。姦通罪とされた女性を石打刑で処刑した、教育機関を運営し、独自のモスクを開設して運営する。・・・このように、ISの思想は正統4代カリフの時代(預言者ムハンマドの跡を継いだ4代のカリフの時代がイスラム世界の最も純粋な時代だったとされる)を理想として、その時代を現代に再現する戦いを自分たちで追い求めようとする教条主義的な運動であって、その青臭さが比較的若い世代で社会の理不尽さに不満を持つムスリムたちに強く訴えるところがあるのだろう」。なお、IS(指導者はカリフを自称するアブ・バクル・バグダディ)に反感を抱く複数の反体制派武装グループがISの武力掃討に乗り出しているという。

著者が4年に亘り在シリア特命全権大使を務めたこともあり、本書はシリア政府寄りの論調で貫かれているが、公平を期すには、著者が主張するとおり、巧みに広報戦略を駆使する反体制派から発信される情報だけでなく、シリア政府側の言い分にも耳を傾ける必要があるだろう。

「今日、世界のイスラム教にはスンニー派のイスラム教とシーア派のイスラム教があり、正確な統計はないが、イスラム教徒の中でスンニー派が87~89%、シーア派が11~12%を占めているだろうとみられている。それぞれのグループにはさらにいくつもの流派、分派がある」。この後、各派の解説が続いている。

アラブ世界を巡る関係諸国の戦略についても、本書で全体像を掴むことができた。シリア政府を支援する国として、ロシア、イラン、イラク、レバノン(ヒズボッラ)、一方、反体制派の支援国として、米国、英国、フランス、カタール、サウジアラビア、トルコ、イスラエル、そして国連が列挙されている。

「シリアの国外避難民は4家族の内1家族の割合で生活費を稼ぐ男手がなく、女性1人で家族を養っているのが現状だと国連難民高等弁務官事務所関係者が叫ぶ。異郷の地で仕事とてない彼女たちは家族を養うために、自らの命を絶つに等しい決断をして恥辱を耐え忍ぶ。生きるため、生き残るために涙を枯らして彼女たちはSurvival Sexに向かう。誰が彼女たちを咎められよう。ヨルダンに避難した家族の主婦が得たのは1人を相手にして7ドル。トルコではトルコ人男性たちから襲われ、娘たちは家族の窮状を救うためだけに言葉もわからない相手と結婚する。・・・シリア情勢を含めて、アラブ世界の情勢は軍事政治面だけではなく社会の在り方も含めて、これからも神経を研ぎ澄まして注視していかなければならない」。著者の言葉が身に沁みる。