遂に、森鴎外『舞姫』のエリスの実像が明らかに――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その11)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(98)】
●『鴎外の恋 舞姫エリスの真実』(六草いちか著、河出文庫)
森鴎外の作品のファンにとって、『舞姫』のヒロイン、エリスの謎解きは大きな関心事である。
『舞姫』は、主人公の回想の形で綴られる、ドイツで法学を学ぶ日本人留学生と踊り子エリスとの悲恋の物語である。
舞台はベルリン。ある日の夕方、主人公・太田豊太郎は下宿に帰る途中、閉ざされた教会の扉にすがり涙に暮れる少女・エリスに出会う。家が貧しく父の葬儀代にも困窮したエリスを助けたことがきっかけで、交際が始まる。やがて、二人は一緒に暮らし始めるが、二人の薄給を足して何とか成り立つ生活。エリスが妊娠して踊れなくなったことで生活苦が二人を追い詰める。妊娠し、発狂したエリスを置き去りにして、豊太郎は日本に帰っていく。
これはあくまで小説である。ところが、鴎外にもドイツで知り合った恋人がいて、鴎外帰朝の4日後、彼女は横浜港に降り立つ。そして、鴎外に会うことも叶わず、1カ月後にはドイツへ帰っていく。しかも、その女性は、小説のエリス・ワイゲルトに酷似した名を持ち、「舞姫」を連想させるにふさわしい小柄で美しい女性であった。
現実の「エリス」は、どういう女性だったのか。これまで、裕福な家庭の子女説、賎民説、娼婦説、下宿の娘説、ユダヤ人説等々、実にさまざまな説が発表され、現在も新説が現れるたびに話題となる。
『鴎外の恋 舞姫エリスの真実』(六草いちか著、河出文庫)では、著者が発掘した資料(教会簿の出生記録、洗礼記録)により決定的な新事実が明らかにされているので、「エリスの正体探しは、これにて一件落着」といってもいいほど、説得力がある。
著者の結論は、「エリスは、1866年9月15日生まれのエリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト」である。鴎外に出会った時は、20~21歳。父親フリードリッヒはベルリンの銀行員であったが、エリーゼが14歳の頃、他界したため、エリーゼと妹・アンナは裁縫で生計を立てる母・マリーの女手一つで育てられたというのだ。さらに、ドイツに帰国後のエリーゼが帽子製作会社の意匠部に勤めたことも突き止めている。