榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

うつ病は、人類の進化とトレード・オフの関係・・・【MRのための読書論(111)】

【Monthlyミクス 2015年3月号】 MRのための読書論(111)

うつ病と人類進化

病の起源 うつ病と心臓病』(NHK取材班著、宝島社)によれば、うつ病は、人類の進化とトレード・オフの関係にある。

扁桃体の誕生

先ず、うつ病は「心の病気」ではなく、「脳の病気」だということを頭に入れておこう。そして、うつ病の起源は、何とカンブリア紀まで遡る。最近の研究で、カンブリア紀に登場した、人類の祖先に当たる脊椎動物の魚の原始的な脳に扁桃体が既に誕生していたことが明らかになっている。「当時繁栄していた節足動物との厳しい生存競争が大きな原因」だというのだ。「生存競争と扁桃体――ヒトでは『恐怖や悲しみ、不安』などの感情を産み出す扁桃体だが、もともとは天敵や外部の環境の変化に反応する『危険感知センサー』の役割が始まりだった」。この扁桃体を要とするメカニズムが、皮肉にもうつ病を引き起こすことになる。「①扁桃体が強い不安や恐怖などで刺激を受けて強く働く。②扁桃体からの信号が、脳から副腎(ストレスホルモンを分泌させる器官)に伝わる。③副腎がストレスホルモンを分泌し、血管を経由して脳へ到達。④ストレスホルモンが、脳の神経細胞のBDNF(脳由来神経栄養因子)を減少させる。⑤神経細胞の樹状突起の萎縮やシナプスの減少(脳の萎縮)。⑥脳の情報伝達に障害が出る。――①~⑥が繰り返されるとうつ病が悪化していく」。

もともと、天敵から逃れるために誕生した扁桃体が、過剰に働き続け、『暴走』状態になると、うつ病を引き起こしてしまうのだ。

「天敵」「孤独」「記憶」「言葉」

「天敵」――「魚類の時代に脳に備わったうつ病の原因となる扁桃体は、その後、魚から進化を遂げて3億4000万年前に誕生したは虫類、そして2億2000万年前に誕生したほ乳類にも引き継がれていった。天敵から身を守るためには、扁桃体が持つ『危険感知センサー』の働きが必要不可欠だったからだ」。

「孤独」――「家族や群れなど、仲間との強い絆を持つことで、飛躍的に生存を有利にしてきたほ乳類。しかし『孤独』になると、扁桃体が暴走し、うつ病を引き起こすようになったのである。魚の誕生で『天敵』、そしてほ乳類の段階で『孤独』に反応するようになった扁桃体」。

「記憶」――「『うつ病に深く関係する扁桃体は、じつは記憶を司る海馬と強く連絡しています。具体的には、扁桃体と海馬が連動することで、強い記憶が生成されるのです』。・・・『衝撃的な出来事によって強い記憶が生じる脳の働きは、人類が生き延びていくうえでは有利なことでした。しかし、現代では生存に有利なことばかりではありません。恐怖や不安が強く記憶に留まってしまうことで、心の傷、いわゆるトラウマが生じ、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しめられてしまうのです』。確かに、うつ病患者の多くが、過去のつらい体験を繰り返し思い出してしまうことで苦しんでいる」。

「言葉」――「じつは人類は、その後の進化のなかで、さらにうつ病を引き起こす原因を抱え込んでいた。それは、脳の巨大化によってもたらされた、『言葉』の獲得だ。・・・『言葉には負の側面もあります。自分が体験していない他人の恐怖の体験が記憶として脳に留まり、扁桃体を刺激するようになったのです』」。

さらに、重要な指摘が続く。農業がもたらした、平等な社会から階級社会への大転換によって生じた「不平等」「格差」が惹起する大きなストレスが、うつ病に罹る人間を飛躍的に増加させたというのである。

新視点のうつ病治療薬

人類進化の視点から新たなうつ病治療薬が出現している。「『さまざまな研究から、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)によって増えたセロトニンによって、神経細胞のBDNFが増加することがわかってきています。このBDNFの増加が、神経細胞のニューロンの成長やシナプスの形成を促し、数週間かけて脳のネットワークが修復され、うつ病が回復するという考え方が主流になりつつあります』。つまり、ストレスホルモンによってダメージを受けた神経細胞を回復させるのに、セロトニンの増加がBDNFという物質を介して働いているというのだ。さらに、セロトニンには、扁桃体の神経細胞に直接作用し、活動を鎮める効果もあるというのだ。