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食道がんのリスクを189倍にする要因とは・・・【MRのための読書論(179)】

【ミクスOnline 2020年11月20日号】 MRのための読書論(179)

SNSの活用

山田忍氏がSNSの「メディカルインフォメーション コミュニティ」に掲載した「食道がんのリスクを189倍にする要因 精密医療で判明」を読んで、腰を抜かすほど驚いた。

川端裕人がナショナル ジオグラフィック日本版の「Webナショジオ」で連載中の「『研究室』に行ってみた。」の記事を転載したものだが、SNSを通じた情報入手の重要性を再認識させられた。

食道がんのリスク

一人ひとりのDNA情報を基に予防を含め適切な治療法を選択する「精密医療」(オーダーメイド医療、個別化医療)について、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授・松田浩一に聞くシリーズの一環とある。

松田は精密医療を実現するために27万人のDNAを保管するバイオバンクを運営している。このDNAを使って、食道がんについて、200人の患者と約1000人の健常者を比較して、どんな遺伝子を持っている人がリスクが高いのか、ケース・コントロール・スタディ(症例対照研究)を行ったのである。1000万カ所ぐらいにあるSNP(スニップ。一塩基多型)のうち55万カ所を比較した結果、アルコールの分解に関わる酵素の遺伝子の違いにより、食道がんのリスクが大きく異なることが分かったというのだ。

この研究により、「アルコール×タバコ×遺伝子1(アルコール脱水素酵素)×遺伝子2(アセトアルデヒド脱水素酵素)=189倍に食道がんのリスクが高まる」ことが明らかにされたのである。「2つのハイリスクな遺伝子型に加えて、飲酒、喫煙をしている人は、まったくそれらの要素がない人よりも、189倍もリスクが高かったんです。これは驚くべき数字です、逆にこういった遺伝情報があらかじめ分かれば、禁煙、禁酒をすることで10分の1以下にリスクが減るとも言えるわけです。そして、きちんと定期検診を受けて早期発見することにも繋がります」。

この記事を読んで、遺伝子検査は受けていないが、私は断然、禁酒を決意した(禁煙は数十年前に実現済み)。私は、逆流性食道炎を薬剤でコントロール中であること、敬愛する先輩を何人も食道がんで喪っているからである。

禁酒のメリット

私の禁酒の決意を勇気づけてくれる書籍が見つかった。『しらふで生きる――大酒飲みの決断』(町田康著、幻冬舎)である。

「不満があれば人は酔いによってこれを解消しようとする。酔うのは簡単である。人は酔いやすい。酒に酔い、他人に酔い、自分に酔う。酔えば一時的な満足が得られる。しかしそれはかならず後に不満足をもたらす。その不満足を酔いによって解消する。さすればまた不満足が生まれる。その不満足を酔いで解消する・・・、といった具合で切りがない」。まさに、無限に続く無間地獄である。

「ある日、具体的に申せば平成27年の12月末日、私は長い年月、これを愛し、飲み続けた酒をよそう、飲むのをやめようと思ってしまったのである。・・・そしてそれから約1年3か月間、一滴も酒を飲んでいない」。町田康はん、あんたは偉い!

著者は、酒をやめると人生の真のよろこびに気づく、と言っている。「このたまらない解放感は、ほんの些細なこと、川のせせらぎを聞いて、背中に日の温もりを感じて、風に揺れる草花を見て感じる愉悦とイーコールであり、これはなんの負債も伴わない、神からの贈り物、人生の予めの純利益である。・・・自分を普通以下のアホと見なし、そしてその結果、自己認識改造を果たすことによって酒をやめることができるが、それにいたる過程で私たちが得る最大のメリットは、実はこの、些細なことによろこびを感じる感覚を取り戻すことができる、という点にあるのである」。

体験を通じた禁酒のメリットが、4つ挙げられている。①ダイエット効果、②睡眠の質の向上、③経済的な利得、④脳髄のええ感じによる仕事の捗り――である。「(禁酒前は)余裕・余白がなかったため、強い刺激、という目的に向かって高速且つ最短で向かっていたのが、余裕・余白が生じて、ゆっくりと時に立ち止まりながら歩むことができるようになった。そうするとそこに意外のよろこびや驚きがあることを知った。それは草が生えたとか、雨の匂いとか、人のふとした表情のなかにある愛や哀しみといった小さなものである。急いで通り過ぎると見落とし、見過ごすようなものである。けれどもそれこそが幸福であるということをやっと知ったのであった」。

これから先、禁酒の決意が揺らいだときは、「食道がんのリスクを189倍にする要因 精密医療で判明」のコピーと『しらふで生きる』を読み返すことにしようと思っている。