真のDXとは何かを、君は知っているか・・・【MRのための読書論(185)】
TRONの開発者
最近、いろいろな場面で、DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉に遭遇する。DXとはDigital Transformationの略で、TでなくXと表現されるのは、英語圏ではTransを省略するときはXとするからだということは知っていたが、その具体的な内容は曖昧模糊としていた。
今回、オープンなコンピューダ・アーキテクチャ「TRON」の開発者として知られる坂村健の『DXとは何か――意識改革からニューノーマルへ』(坂村健著、角川新書)を読んで、DXに対する理解を深めることができた。
DXとデジタル化・情報化との違い
「すでに『デジタル化』や『情報化』という言葉があるのに、わざわざ『DX』という言葉が使われるのは、単に目新しさからだけではない。重要なのは、これが『構造改革』という意味を本質的に持っているということで、そうでなければDXではないと考えた方がいい。それに対して、従来型の『デジタル化』や『情報化』は、業務の『やり方』の根本は変えない――例えば手書きをワープロにするとか、FAXの代わりに電子メールを使うようなもので『構造改革』が本質のDXとは別モノ。ところが、日本ではその違いを意識しないマスコミ記事も多い。よく読むと従来型の『情報化』や『電子化』、『デジタル化』とどこが違うかわからないような、『DX』 の使い方をしていることもある。最近の進んだ情報通信技術やIoTを活かし、それらから集まってくるビッグデータ、そしてそれをAIのようなものも使いながら解析し、根本的な変革――産業プロセスはもちろん、私たちの生活、社会、企業、国家などすべてに変革を起こそうという動き――を本書ではDXと定義する」。すなわち、DXは「企業がテクノロジーを利用して事業の構造や対象範囲を根底から変化させること」と言い換えることができるだろう。しかし、「DXは『やり方の根本的変革』である以上、企業だけで閉じることは不可能で、様々なレイヤー・粒度のDXと関連させざるをえない。最終的には『社会全体のDX』へ――つまりは『Society5.0』(目指す次なる社会)にならざるをえないのである」。
DXの目的
DXは、あくまでも手段であり、それ自体が目的ではない。「端的に言えば『効率化』であろう。サービスの向上と低コスト化を両立させるような、高いレベルでの効率化の実現にDXが求められている。少子高齢化が進んでいる日本だが、その日本を持続可能にするために、いろいろなやり方がある中でも、最も痛みが少ないのがこのDXという解なのだ。・・・大きな効率化が不可能なまま少子高齢化が進めば、サービスレベルを下げるしかない。そして、ハードインフラの整備でない、残されたフロンティアこそ、ソフトインフラの整備による社会の効率化なのだ」。やり方のイノベーションに大事なのは、技術力でもマーケティング力でもなく、やり方を変える「勇気」だ、そして、現代の情報通信技術がもたらしたのは、そういう勇気を助ける「自由」なのだ――と、著者が強調している。
オープンイノベーション
「価値のあるプロブラムの内部を自分だけの秘密にせずに他人にオープンにすることは、一見ものすごく損をするようにも見えるだろう。ビジネスモデル的にはライバルに真似させず自分だけで独占するという考え方が、長い間主流だったからだ。しかし、少なくとも互いが研究開発者であり、互いにユーザでもありプログラマでもあるコミュニティの中ならば、自分が必要として開発したプログラムのソースを見て誰かが改善改良してくれれば――そしてその結果がまた公開されれば、回り回って自分のためにもなる。何しろ自分のために必要で作ったプロブラムが、より良くなって戻ってくるのだ。まさにことわざ通りの『情けは他人のためならず』というわけだ」。
「(オープンイノベーションにより)成果が成果を生み加速度的に進化している。学会の論文などは完全に後追いだ。多くの人が即実行・検証できるということは、質の低いものが話題になっても即排除されるということであり、時間がかかる権威による『査読』等の古典的内容保証メカニズムが必要ない分、進化が加速するのだ。学会にもよるが、論文を投稿してから学会誌掲載まで何ヶ月もかかるような学会は、最先端ではないという意識がコンピュータ関係では生まれている。・・・やはり、『オープンは正しい』。もしAIが、閉じられたクローズドな世界だけで研究されていたとしたら、このような劇的な進展はなかっただろう。オープンにして皆で協力して研究を進め、コンペを行うことによって爆発的イノベーションが始まった。そして、このオープンイノベーションのエコシステムは、現在もAIを進化させているのである」。
治療薬開発への応用
「通常10年はかかると言われてきたワクチン開発が、たった1年ほどで緊急承認までこぎ着けた。これを拙速で/危険だとする批判もある。しかし、実はアルファフォールドを始めとして生体シミュレーションやタンパク質設計、さらにはインターネットによる世界規模でのアイデア流通や連携など――コンピュータ関係の進歩により、生化学分野の研究加速効果が近年飛躍的に高まっているという背景を知れば、ちゃんと納得できることなのだ」。
本書のおかげで、これからは、DXという言葉に出会っても、おたおたせずに済みそうだ。
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