榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

われわれは、みな、生存競争を生き抜いた偉大な同志だ・・・【MRのための読書論(190)】

【ミクスOnline 2021年10月22日号】 MRのための読書論(190)

初めての本

WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、竹内薫訳、ダイヤモンド社)は、かつての科学少年・昆虫少年が興味を持ち続け、ノーベル生理学・医学賞を受賞するに至ったポール・ナースが、初めて著した本である。

共通の仕組み

訳者の竹内薫によれば、ポール・ナースは、「生殖」と細胞レヴェルの「分裂」を生命の本質と捉えており、そのメカニズムの解明に生涯を懸けた。彼がcdc2と名づけた遺伝子の情報(=コード)がタンパク質キナーゼという酵素を作る。この酵素は、サイクリンというタンパク質と一緒になって、細胞周期を進行させるのだ。分裂酵母という、ビールを作ってくれるちっちゃな生き物の細胞周期の仕組みが、人間も含めた「生き物」全てに共通しているということに驚かされる。

「生命の化学的基礎におけるこうした深い共通性は、驚くべき結論を指し示している。なんと、今日地球上にある生命の始まりは『たった1回』だけだったのだ。もし異なる生命体が、それぞれ何回かにわたって別々に出現し、生き延びてきたとしたら、その全子孫が、これほどまで同じ基本機能で動いている可能性はきわめて低い。あらゆる生命が、巨大な同じ生命の樹の一部だとすれば、その樹はどんな種類の種子から成長したのだろう? どういうわけか、どこかで、はるか昔に、無生物の無秩序な化学物質が、より秩序だった形態に自分を配置した。自らを永続させ、自らをコピーし、最終的に自然淘汰によって進化するという、きわめて重要な能力を獲得したのだ」。

5つの考え方

著者は、地球上の生命を定める原理を明らかにするために、5つの考え方を示している。

ステップ1は、「細胞――細胞は生物学の『原子』だ」。

ステップ2は、「遺伝子――時の試練をへて」。
「二重らせんをバラバラにして2本の鎖に分けたとき、それぞれの鎖は、別れた相手の複製を作り直すための完璧な『鋳型』になる。クリックとワトソンは、DNAの構造を知るやいなや、細胞はまさにこの方法で、染色体や遺伝子を形作るDNAを複製しているのだと気づいた」。

ステップ3は、「自然淘汰による進化――偶然と必然」。
「自然淘汰による進化が起きるためには、生命体が3つの決定的な特性を備えている必要がある。第1に、繁殖する能力があること。第2に、遺伝システムを備えていること。・・・第3に、その遺伝子システムが『変異』を示し、その変異が生殖過程で受け継がれること。・・・さらに、自然淘汰が効果的に機能するためには、生物は死ななければならない。なぜなら、競争上強みのある遺伝的変異を持っている可能性がある次の世代が、古い世代に取ってかわることができるからだ」。

ステップ4は、「化学としての生命――カオスからの秩序」。
「細胞ひいては生体構造は驚くほど複雑だが、突き詰めていくと、理解可能な化学的かつ物理的な機械だ。この見解は、今では、生命についての一般的な考え方になっている。今日、生物学者は、こうした洞察を踏まえ、驚くほど複雑な、生きている機械の全部品の特性を明らかにし、分類しようとしている」。

ステップ5は、「情報としての生命――全体として機能するということ」。
「現在、ほとんどの生物学者は、ウォディントンの考え方に沿って、エピジェネティクスという言葉を使っている。細胞が、かなり永続的な方法で、遺伝子をオンかオフにするために利用する、一連の化学反応のことを指す言葉なんだ。・・・こうした遺伝子発現のパターンの世代を超えた持続性は、『遺伝というものは、遺伝子に暗号化されたDNA配列だけに基づく』という考えに、大きな挑戦状を突きつけていると、主張する人たちもいる。でも、現時点での科学的な証拠からすると、世代を超えたエピジェネティックな遺伝が発生することは、きわめて稀で、人間と哺乳類ではめったに起きないと言っていい」。

偉大な同志

「生命は全体として、粘り強く、長続きし、適応力に優れている。だが、個々の生命体は、寿命が限られ、環境変化に適応する能力にも限界がある。自然淘汰の出番はそこだ。古い体制を一掃し、集団の中に、もっとふさわしい変異型が存在すれば、その新しい世代に道を譲る。どうやら、死があるからこそ生命があるらしい」。死をこのように考えると、妙に納得感が得られるから不思議だ。

著者の結びの言葉が胸に響く。「われわれは、みな、生存競争を生き抜いた偉大な同志だ。細胞分裂という途切れのない鎖を遡り、最古の果てへと繋がる、計り知れないほど広大な、たった一つの家系の子孫たちなのだ。おそらく、人間は、こうした深い絆を理解し、その意味に思いを馳せることができる、唯一の生命体だ。だから、われわれは、近縁も遠縁も含め、親戚たちがこんなふうに作り上げた、地球の生命に対して、特別な責任を負っている。われわれは、生命を慈しみ、生命の世話をしなければいけない。そして、そのために、われわれは生命を理解する必要があるのだ」。