榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

老いて規律が緩んだ体内では不法者がのさばり出す、それががんだ・・・【MRのための読書論(193)】

【Monthlyミクス 2022年1月24日号】 MRのための読書論(193)

驚くべき書

ヒトはなぜ「がん」になるのか――進化が生んだ怪物』(キャット・アーニー著、矢野真千子訳、河出書房新社)には、驚くべきことが書かれている。語り口は柔らかいが、がんについて重要なことが記されているので、医療関係者のみならず、がん患者とその家族、そして、幸いにして未だがん宣告を受けていない人にも広く読まれるべき一冊だ。

生物進化の随伴者

驚くべきことの第1は、がんはヒトを始めとする生物の進化の随伴者であるという巨視的な認識である。

「がんは人間だけがなる現代病ではなく、生物の基本システムに最初から組みこまれたバグである・・・がんのルーツをたどると地球上に初めて多細胞生物が誕生した時点に行きつくこと、その多細胞生物の共同社会ががん細胞を生む土壌となっている」。

体内の不法者

驚くべきことの第2は、成長するヒトの一生に対応して、その体内のがんも変化するという動態的な見方である。

「若者の体内環境は、治安のいい文明社会だ。分子でできた街路は整然として管理が行き届いており、すべての細胞は決められた場所で自分のやるべき仕事をする。不法者はすぐに免疫系によって追い出される。幹細胞だけが増殖し、必要に応じて新しい細胞をつくる。ほかの細胞は分裂も分裂の準備もせず(静止期)、負傷したときなど緊急修復が必要になると分裂する。故障したり損傷したりした細胞は死ぬ(アポトーシス)が、老いて必要なくなった細胞は、窓のそばでロッキングチェアでくつろぐお年寄りのように、余計なことに口出しをせず外の世界を眺めて過ごす(細胞老化)。安定性と抑制力にすぐれた若い組織は、喫煙などによる損傷を受けたところでびくともせず、簡単にがん化を許すことはない。悲しいかな、その状態はずっと続くわけではない。若い体がルール違反を許さない厳格な社会だとすると、老いた体はそれが見逃される規律がゆるんだ社会だ。さらに、自然界のあちこちで繰り広げられている進化がそうであるように、環境が変われば自然選択の圧もまた変わる。・・・疲れて管理がおろそかになった環境にうまく適応した不良細胞は、生存と増殖を有利に展開し、がんになる道を歩みはじめる」。

適応療法

驚くべきことの第3は、がんの最先端治療とされている標的療法などのプレシジョン・メディシン(精密医療)は多くの問題点を抱えているとして、適応療法を選択すべきという大胆な提言である。

「もし、適応療法またはそれに類する長期コントロール療法が進行がん治療の主流になる時代が来たら、私たちは自身の体内で育つ腫瘍との『つき合い方』を変えていかなければならない。・・・がんが体内から消えることはないこと、再成長するのを意図的に許しながら生きなければいけないことを学ばなくてはならなかった。言葉の使い方も変えていく必要がある。たとえば、適応療法のような治療を『庭の手入れをする』と表現するとか。花壇に雑草が生えてきたら抜き、生け垣の枝が伸びてきたら剪定するのが庭の手入れだ。庭を焼き払ってしまえば雑草も余分な枝も一掃できるだろうが、その土地には二度と花も樹木も育たない」。