榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「・・・寒くて、すまないけどね・・・」と、三千子の薄い肌着に手をかけて、梶は哀願するように云った。・・・【ことばのオアシス(88)】

【薬事日報 2012年2月22日号】 ことばのオアシス(88)

「・・・寒くて、すまないけどね・・・」と、三千子の薄い肌着に手をかけて、梶は哀願するように云った。「あすこに、あの窓のところに、立ってくれないか」

――五味川純平

私の心に強烈に刻み込まれている、五味川純平の『人間の條件』(三一新書)第三部の一節。「ためらいはしなかった。起き直ると、一刻も惜しむかのように全裸になった。張りきった乳房が大胆に揺れたのは、男の切ない悲願に応えたのだ。・・・梶は、眺め、見つめ、いざり寄って、抱きしめた。これがこうする最後かもしれない。女には云わない」と続く。正義感のために軍隊内で孤立し、苦渋する梶二等兵を遥々と国境近くまで訪ねてきた妻・三千子との、何とも切ない久しぶりの再会。言われなくとも、妻は、「この人は、死ぬのではないか。この人は、もう、覚悟しているのではないか」と感じているのだ。