『平家物語』は、現代日本を考える最適のテクストだ・・・【山椒読書論(25)】
『新書で名著をモノにする 平家物語』(長山靖生著、光文社新書)は、『平家物語』を理解しようとするとき、読んで損のない一冊である。その理由は3つある。
第1は、『平家物語』は、これに先立つ『保元(ほうげん)物語』『平治(へいじ)物語』とセットになっている軍記物三部作だという姿勢を打ち出していること。これにより、「崇徳上皇+左大臣・藤原頼長+源氏の棟梁・源為義+源為朝(為義の八男)ら」と「後白河天皇(崇徳の弟)+関白・藤原忠道(頼長の兄)+平氏の棟梁・平清盛+源義朝(為義の長男)ら」が争った1156年の保元の乱で、後白河天皇側が勝利を収め、清盛と義朝が力を蓄えたこと、その3年後に、「藤原信頼+義朝」と「信西(藤原通憲)+清盛」が戦った平治の乱で、清盛が勝ち、権勢を確立したことが分かるのだ。武名が高くとも政治に疎かった源氏が滅び、平氏が隆盛を極めた背景に、平忠盛(清盛の父)の代から瀬戸内の海賊退治で名を挙げ、宋との貿易で巨利を積み、かつ政治力に優れていたことを忘れてはならないだろう。権力闘争を勝ち抜いた平氏一門の栄華と没落が『平家物語』のテーマとなっている。そして、『平家物語』は、平氏のライヴァル・源氏の物語でもあり、平氏を滅亡に追い込む源頼朝(義朝の三男)・源義経(義朝の九男)兄弟、源(木曽)義仲(頼朝の従兄弟)らの活躍と確執も描かれる。
第2は、タイトルどおり、この新書一冊で『平家物語』のエッセンスを伝えようという著者の思いが籠もっていること。時代の趨勢が分かり易く説明されており、登場する者たちに対する著者の人物評価が、これまた興味深い。例えば、「後白河は若いころは暗愚といわれた人だったが、後白河の暗愚とは、誰にも本心を見せず、誰をも信用せず、誰もまだ考えたことのないやり方で、終わりの時代を生きようとする底知れなさの別名だった」、平宗盛(清盛の三男)については、「怠惰な肉体には怠惰な精神が宿る、という哀れな一致があった」といった具合である。また、『平家物語』には、男だけでなく、女の戦いも描き込まれているとして、「女たちの物語」に一章を割いている。
第3は、現代日本は『平家物語』に学ぶべきと強調していること。例えば、一ノ谷合戦で義経の鵯越(ひよどりごえ)の奇襲を受けた平氏軍について、「このとき、平家には、敵の奇襲に気づくチャンスがあった。平家方の兵が、敵が背後に回っているのではないかと上司に報告しているのである。しかし安全神話に凝り固まった上役の武士たちは注意を払わず、斥候すら出さずにすませてしまう。何の備えもしていないのに安全神話を信じている無能な連中の上には、『想定外』の事態がおそってくるというのは、忘れてはならない歴史の教訓だ」と辛辣である。