明治期の英国女性旅行家と、現代の民俗学者との見事な結晶作用・・・【山椒読書論(73)】
『イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』(宮本常一著、平凡社ライブラリーOffシリーズ)は、明治初期の英国女性旅行家、イザベラ・バードの旅行記『日本奥地旅行』と、日本全国を行脚した民俗学者・宮本常一の読み解きとの素晴らしい結晶作用と言えよう。
宮本が7回に亘り講師を務めた『日本奥地紀行』の講読会での話を、そっくりそのまま本にしたものなので、その魅力的な語り口を存分に味わうことができる。
『日本奥地紀行』は、日本旅行中のバードが英国に住む最愛の妹に書き送った手紙がもとになっている。その第6信の原注に、「私の心配は、女性の一人旅としては、まったく当然のことではあったが、実際は、少しも正当な理由がなかった。私はそれから(東北の)奥地や北海道(エゾ)を1200マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。世界中で日本ほど、婦人が危険にも不作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている」と書き記している。第13信でも、「ヨーロッパの多くの国々や、わがイギリスでも地方によっては、外国の服装をした女性の一人旅は、実際の危害を受けるまではゆかなくとも、無礼や侮辱の仕打ちにあったり、お金をゆすりとられるのであるが、ここでは私は、一度も失礼な目にあったこともなければ、真に過当な料金をとられた例もない。群集にとり囲まれても、失礼なことをされることはない」と述べている。
第17信の、「米飯がないというので、私はおいしいきゅうりをごちそうになった。この地方ほどきゅうりを多く食べるところを見たことがない。子どもたちは一日中きゅうりを齧っており、母の背に負われている赤ん坊でさえも、がつがつとしゃぶっている。今のところきゅうりは1ダース1銭で売られている」という記述に対して、宮本は、「今と違ってきゅうりが間食であるとともに、食物として非常に大事にされていたのです」と解説している。
第18信では、「南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。『鋤で耕したというより鉛筆で描いたように』美しい。・・・実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。・・・美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。どこを見渡しても豊かで美しい農村である」と絶賛している。
第23信では、「ここでは今夜も、他の幾千もの村々の場合と同じく、人々は仕事から帰宅し、食事をとり、煙草を吸い、子どもを見て楽しみ、背に負って歩きまわったり、子どもたちが遊ぶのを見ていたり、藁で蓑を編んだりしている。彼らは、一般にどこでも、このように巧みに環境に適応し、金のかからぬ小さな工夫をして晩を過す」と、偏見のない温かい眼差しを注いでいる。
宮本は「とにかく非常に冷静に、しかも愛情を以って日本の文化を観てくれた一人の女性の日記に教えられるところが大きいのですが、同時に彼女がこの時期に東京から北海道まで歩いてくれたことは、日本人にとってこの上ない幸せだったと思うのです。彼ら(日本人)にとって初めて接した外国人、それから得た印象もすべて良かったのではないか。これは大事なことだと思うのです」、「彼女の調査を見ていると、ただ相手の文化を調べて奪い取るだけではなくて、返せるものはできるだけ返していこうという姿勢がある」と、バードの冒険精神と資質の高さを評価している。