太平洋戦争における名参謀の実態が暴かれる・・・【山椒読書論(120)】
『日本型リーダーはなぜ失敗するのか』(半藤一利著、文春新書)は、読み応えがある。
日本型リーダーはなぜ失敗するのか、という問いに対する著者の答えは、「近代日本の軍隊は、日本型リーダーシップを確立し、意思決定者がだれであるのかをよく見えなくし、責任の所在を何となく曖昧にしてきました。指揮官には威厳と人徳があればいい。実質的にリーダーシップを発揮するのは参謀だった。それで参謀というものがとくに重視された」と明快だ。
陸軍大学校、海軍大学校卒の超成績優秀者たちが参謀に任じられたわけだが、「太平洋戦争の陸軍戦死者160万人のうち、じつに70パーセントが飢餓によるものという災禍を招いた」と手厳しい。海軍においても、また然りである。
そこで、著者の研究は、太平洋戦争(第二次世界大戦)において、指揮官と参謀たちがどのように考え、どのように行動したのかに焦点が絞られていく。その作業を通じて、現代のリーダーたちに「失敗しないリーダーシップ」を示そうというのである。
著者はリーダーの条件を6つ挙げている。①最大の仕事は決断にあり、②明確な目標を示せ、③焦点に位置せよ、④情報は確実に捉えよ、⑤規格化された理論にすがるな、⑥部下には最大限の任務の遂行を求めよ――であるが、半藤一利が凄いのは、ここからだ。この6つの条件のそれぞれについて、優れた指揮官と参謀、一方、「独善性と硬直性と不勉強と情報無視」といった問題ありの、情けない指揮官と参謀の名を具体的に挙げ、従来の評判・評価に因われず、著者自らが明確に判定を下しているからである。
例えば、「名参謀」と持て囃されてきた瀬島龍三については、「わたくしも何回か会っておりますが、じつに理路整然と過不足なくしゃべった。頭がいいんだな、というのがよくわかりました」、「大本営の作戦参謀として席をならべていた朝枝繁春は瀬島のことを、『要するに茶坊主だった』と評しました」、「わたくしは何人かの人が『あいつの立てた作戦など、砂上の楼閣もいいところだ』と酷評するのを聞いています。たしかに瀬島は戦場をまったく知らない軍人官僚といっていいでしょう」、「この重要な電報(堀栄三中佐からの台湾沖航空戦で大戦果を上げたというのは怪しいぞという報告)を握りつぶしたのが、だれあろう瀬島龍三ということなんです。このとき瀬島は、作戦課作戦班の(この作戦の)担当責任者でした。作戦にかかわる電報や情報の価値判断を下し、それをどのように生かすかを決める権限は作戦班にあったから、瀬島が独断で堀の電報を握りつぶすことなど雑作もないことだった、そう考えられます。・・・(この結果、)アメリカ艦隊に補給路を断たれ、送りこまれた部隊は孤立。レイテ島は玉砕の島となりました」、「(瀬島に関する著書がある保阪正康が)瀬島をよく知るある参謀から、こんな人物評を聞いておられます。『瀬島という男を一言でいえば、<小才子、大局の明を欠く>ということばにつきる。要するに世わたりのうまい軍人で、国家の一大事と自分の点数を引きかえにする軍人です。その結果が国家を誤らせたばかりでなく、何万何十万兵隊の血を流させた。私は、瀬島こそ点数主義の日本陸軍の誤りを象徴していると思っている』。ま、書記官型の参謀が、つまり戦う戦場をまったく知らない秀才が、点数主義の参謀が、机の上だけで考えた必勝の策なんてロクなものじゃない、ということです」――といった具合である。
その無謀な作戦で多くの将兵を死に追いやった、これまた著名な参謀・辻政信も、著者によって厳しく断罪されている。
また、「名将」と見做されている連合艦隊司令長官・山本五十六については、「この人には越後人特有の孤高を楽しむ気風がありました。説明や説得を嫌い、わからぬ者にはわからないのだと、おのれの心の内を語りたがらなかった。それに人見知りする癖があった。・・・問題は真珠湾攻撃です。世界海戦史上前代未聞のこの奇襲作戦の真の目的について、山本さんが明確に伝えていたのは二人の海軍大臣、及川古志郎と嶋田繁太郎だけだったのです。・・・山本の戦略とはつまり、アメリカ艦隊の初動を叩き、全力決戦をもってそれに勝って敵の戦意を阻喪させ、そのうえで何とかして講和にもちこみ、獲得したすべてを譲って一挙に戦争終結に導く。開戦せざるをえないなら、採るべき選択肢はそれ以外にない、というものでした。・・・わたくしは思う。ここでもし(へっぴり腰の第一航空艦隊司令長官)南雲忠一中将が、真珠湾攻撃にかけた山本の真の目的を知っていたらどうであったか、と。・・・真の目的を部下と共有すること、それはプロジェクト・リーダーとしてもっとも重要なことでした。いや、それこそがリーダーシップというものです」と、山本のリーダーとしての欠点を指摘している。
このように、歯に衣着せぬ人物評が冴え渡っている。その底には、「愚将は強兵を台無しにするが、名将は弱兵を強兵にする」という信念があるのだ。
著者が読者から誤解を受けるといけないので、「問題ありの、情けない指揮官と参謀」だけでなく、「優れた指揮官と参謀」の事例もきちっと紹介されていることを報告しておく。ただ、前者に比し、後者の数が如何せん少ないのが、残念至極である。