おみくじに封じ込められた、男と女の愛と別れの物語・・・【山椒読書論(476)】
『四畳半みくじ』(齋藤芽生著、芸術新聞社)は、妙な本である。先ず、本の形が妙だ。神社や寺で引いて吉凶を占うおみくじを100枚束ねた恰好をしている。次に、おみくじに書かれている文章が妙である。男と女の愛の諸相が含蓄のある言葉で記されているのだ。さらに、それぞれのおみくじの右側ページに添えられているイラストレーションが何とも艶めかしい。黒と白だけで表現された陰画のようなシルエットがその場面を雄弁に物語っている。
例えば、おみくじの第一番は、こんなふうだ。「運勢:尽凶。女は本気で男を愛した日から女神の座を逐われる。獲物:恋心見せれば相手は手のひら覆す。駆引:男は矢で獲物を射止めると次の獲物を追い始める。欲望:最早女神としての神秘性は与えられず。切掛(きっかけ):力の逆転」。男女の愛の機微が穿たれているなあ。
第八番の「運勢:秘吉。最後まで蜜の匂いを隠し通す意地っ張りな花もある」には「欲望:長い回り道をして辿り着いた者だけの甘露」とある。
第九番は「運勢:弄吉。君が焦っている時の匂いが俺はたまらなく好き」、第二十一番は「運勢:偽吉。何色の愛に乗りたいのと訊かれるカラフルすぎる観覧車」、第二十四番は「運勢:淋吉。逢えば逢うほどあなたを失う気がするのはなぜ」、第二十六番は「運勢:負凶。美しく片付いた男の部屋から惨めに帰る女です」、第七十一番は「運勢:俯凶。そのままの君を薄幸アルバムに閉じ込めておきたいです」――といった具合である。
第三十二番の「運勢:渋凶。甘い夢が好きなのにかき混ぜてもらえないかなしき角砂糖」には「欲望:貴方の紅茶に溶けてしまいたいのに」とあり、切ない女心が伝わってくる。
第四十一番の「運勢:岳凶。山から下りてきて知った助け合えないこともあるのね私達。駆引:二人で朝日をなどと軽装で口にすべからず。欲望:まず自分の命を先に守ろうとする。切掛:二人の仲を分つ落石」、第五十四番の「運勢:破凶。流れ星私だけがはしゃいだ夜に恋の終わりを知りました」、第六十二番の「運勢:細吉。にがい夜にはベランダで線香花火占いをするのです」、第六十九番の「運勢:慕吉。あなたでなければ美しくはない この先どんな人の熱に触れても」には、別れの予感が漂っている。
第四十八番の「運勢:絆吉。遠く離れた違う寝床で二人おんなじ夢を見る」、第四十九番の「運勢:想吉。午前三時の独り寝は誰よりも深く瞼を閉じてみる」のおみくじを引いた人の幸せを祈りたくなる。
第五十八番の「運勢:眩吉。花火なんて企てておれの五臓六腑にも着火するつもりか。欲望:笑いさざめく群れの中ただ一人だけを見つめる。切掛:合宿の夜」といった台詞を、私も言ってみたいものだ。
第五十二番の「運勢:妬凶。あなたの大事な熱帯魚の水槽で赤い絵具を溶きました」には「欲望:女心が流す赤い血の色」とある。恐ろしや。
こんなに妙な本を読みたくなる人がいるんだろうか、私以外に。