若くして戦場で死んでいった学徒たちの声を聞け・・・【山椒読書論(131)】
『きけ わだつみのこえ――日本戦没学生の手記 (新版)』(日本戦没学生記念会編、岩波文庫)と『第二集 きけ わだつみのこえ――日本戦没学生の手記 (新版)』(日本戦没学生記念会編、岩波文庫)は、痛切な本である。
2冊の『きけ わだつみのこえ』(聞け 海神の声)には、太平洋戦争(世界第二次大戦)に学徒出陣し、心ならずも戦場に散った若者たちの思いが溢れている。
上原良司(22歳で戦死)「遺書 生を享けてより二十数年何一つ不自由なく育てられた私は幸福でした。・・・何の御恩返しもせぬ中に先立つ事は心苦しくてなりません。空中勤務者としての私は毎日毎日が死を前提としての生活を送りました。・・・戦争において勝敗をえんとすればその国の主義を見れば事前において判明すると思います。人間の本性に合った自然な主義を持った国の勝戦は火を見るより明らかであると思います。私の理想は空しく敗れました」、「空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事は確かです。操縦桿を採る器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の航空母艦に向って吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。・・・明日は出撃です」。
大井栄光(26歳で戦死)「母上様 いよいよ別離の日が参りました。・・・私はやはり多くの未完成を抱いたまま戦地に参ります」。
川島正(29歳で戦死)「俺の子供はもう軍人にはしない、軍人にだけは・・・平和だ、平和の世界が一番だ」。
武井脩(27歳で行方不明)「いわゆる上官と称するものの空虚さよ。『狂態』この言葉を送りたい。・・・滴るような死と、絞るような死があるような気がする」、「わが愛する妻よ。海よりも深い、この人の世の航海よりもながい愛情のまえで、戦争など何物であろう。南十字星の見える海の上にきて、しかもあなたの姿は記憶のように激しく鮮かである」。
松岡欣平(22歳で戦死)「いよいよ自分も出陣。・・・自分は命が惜しい、しかしそれがすべてでないことはもちろんだ。自分の先輩も、またこれから自分も、また自分の後輩も戦いに臨んで死んでゆく。死、死、一体死とは何だろうか。・・・ファッシズムに溺るるなかれ。ファッシズムとは青年にありやすき一時の興奮である。冷静に落着いて秩序を正すべし。百年の後に悔を残すなかれ。今日本は興奮している」。
渡辺崇(没年不明、戦死)「あんなにも僕には豊富であり、ある時にはすべてであった貴女、苦しい通学生活にも希望と歓喜を与えてくれた貴女。僕は戦いに征く前に心から貴女に感謝したいのです。苦しさも空虚な悲しさも今は銀の小函にそっと秘めて男らしく出発したいと思います。けれども常に貴女のあの清らかな美しい眸を感じることはもちろんです。それが僕にとってただ一つの思い出なのですからふっつりと忘れ去るなんて芸当は僕にはとても出来ません。・・・さようなら、僕のローズスーリ、ああもう永遠に逢う事は出来ないでしょう」。
中村徳郎(25歳で行方不明)「父上、母上に。長い間あらゆる苦難と戦って私もこれまでに育んで下さった御恩はいつまでも忘れません。しかし私は何も御恩返しをしませんでした。数々の不孝を御赦し下さい。思えば思うほど慚愧に堪えません。・・・今の自分は心中必ずしも落着きを得ません。一切が納得が行かず肯定が出来ないからです。いやしくも一個の、しかもある人格をもった『人間』が、その意思も行為も一切が無視されて、尊重されることなく、ある一個のわけもわからない他人のちょっとした脳細胞の気まぐれな働きの函数となって左右されることほど無意味なことがあるでしょうか。・・・現在のこうした状態が続く時、祖国の将来のことが案ぜられてなりません」
林市造(23歳で戦死)「お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。・・・ほんとに私は幸福だったです。・・・母チャンが私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、何も喜ばせることが出来ずに、安心させることもできずに死んでゆくのがつらいです」。
大塚晟夫(23歳で戦死)「はっきり言うが俺は好きで死ぬんじゃない。何の心に残る所なく死ぬんじゃない。国の前途が心配でたまらない。いやそれよりも父上、母上、そして君(姉と妹)たちの前途が心配だ。心配で心配でたまらない」。
林憲正(25歳で戦死)「国安大尉が戦死された。谷川隆夫少尉も戦死した。皆死んで行く。飛行機乗りははかない。八波少尉も一昨日死んだと、今日聞かされた」。
森茂(29歳で戦病死)「祝出征の字の何と空虚なことか!! ほんとにおめでたいと考える奴はよほど馬鹿だ! 戦争に勝つことにより私腹を肥やす輩は別として」。
岩田譲(25歳で戦病死)「東条英機をはじめこの難局の政路に当たる諸軍人の腐敗。この時に当たり軍人は財閥と結びつき、でたらめな政界の動きさえみせている。南方施政(占領地行政)のでたらめときたら問題にならないらしい」。
戦争によって、若くして前途を絶たれた彼らの心中は、いかばかりであったことか。