榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ヒッグス粒子は「水飴」のようなものではなかった・・・【山椒読書論(133)】

【amazon 『強い力と弱い力』 カスタマーレビュー 2013年2月3日】 山椒読書論(133)

ヒッグス粒子を「水飴」に喩え、「もともとは質量のなかった電子やクォークに、空間をぎっしりと満たしているヒッグス粒子が水飴のようにまとわりついて、そこを通過しようとする粒子の運動を妨げる。こうして粒子は『動きにくさ』=『質量』を与えられる」と説明するのは間違っていると、『強い力と弱い力――ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く』(大栗博司著、幻冬舎新書)の著者が述べている。これは、「質量の効果」と「抵抗の効果」を混同している、質量とは「運動の状態の変わりにくさ」のことだというのだ。ヒッグス粒子の存在を予言したピーター・ヒッグスも、この喩えを嫌っているという。また、「神の素粒子」という表現も、専門家の間では評判が悪いという。なぜなら、なかなか発見できないことに業を煮やした研究者が「神(god)に呪われた(damn)素粒子=いまいましい素粒子」と名づけたのに、これではあまりに下品だと考えた編集者が「God Particle(神の素粒子)」と変えてしまったという背景があるからだ。

「素粒子物理学の目的は、この世界は何でできているのか、その間にはどのような力が働いているのかを明らかにし、私たちの宇宙の深遠な謎に答えることです。そのために多くの研究者たちが長年にわたって知恵を絞り、築き上げてきた理論が標準模型です。そしてこの理論の中で、ただ一つ未発見だったのがヒッグス粒子でした」と、著者が語っている。

「物理学は、『実験屋』と『理論屋』が互いに支え合うことで成り立っています。先行する理論が実験によって証明されることもあれば、実験で得られた結果が後から理論的に説明されることもある」。ヒッグス粒子の場合は、理論→実験の成果である。

さらに、「私は、偉大な理論物理学者には、賢者(例:アルベルト・アインシュタイン)、曲芸師(例:リチャード・ファインマン)、魔法使い(例:南部陽一郎)の3種類のスタイルがあると思っています」と、興味深い分類を行っている。

宇宙には「4つの力」が働いている。「重力」と「電磁気力」、そして20世紀に入り発見された「強い力」と「弱い力」である。ヒッグス粒子は、この新しい2つの力を説明するために考えられたものである。ヒッグスらによって予言された1964年から48年が経過した2012年7月4日に、ヒッグス粒子と思われる新粒子を発見したと発表された。

「今回の発見で、自然界がその理論(標準模型)を採用していたことがわかりました。人間が頭の中で考え出したことが、自然の基本的なところで実際に起きていたのです。人類、やるじゃないか!」と、この分野の研究者としての喜びを爆発させている。

「標準模型は、特殊相対論、量子力学、ゲージ理論(ヤン‐ミルズ理論)、対称性とその自発的破れなど、20世紀物理学の主要なアイデアを緻密に組み合わせることで構築された、人類の知の最高傑作の一つと呼んでいいでしょう」と、著者は胸を張っている。

本書の内容は、正直言って、いささかレヴェルが高いが、丁寧に読み込んでいけば十分理解できるように工夫が凝らされている。