榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ヘッセの『シッダールタ』に静かに寄り添う小さな写真集・・・【山椒読書論(254)】

【amazon 『シッダールタの旅』 『シッダールタ』 カスタマーレビュー 2013年8月5日】 山椒読書論(254)

シッダールタの旅』(竹田武史著、新潮社)は、ヘルマン・ヘッセの小説『シッダールタ』(ヘルマン・ヘッセ著、高橋健二訳、新潮文庫)をこよなく愛するカメラマンが、小説の舞台となっている北インドの仏蹟・聖地を撮影した、抒情豊かなカラー写真集である。

この小説のシッダールタは仏陀(ゴータマ)と同名の求道者であるが、仏陀その人ではない。人生の真理を求めての遍歴中に仏陀に出会うが、弟子入りせずに、自分の道をいく。

ヘッセの文章と、竹田の写真のコラボレーションが魅惑的である。例えば、「このときシッダールタは、運命と戦うことをやめ、悩むことをやめた。彼の顔には悟りの明朗さが花を開いた。いかなる意志ももはや逆らわない悟り、完成を知り、現象の流れ、生命の流れと一致した悟り、ともに悩み、ともに楽しみ、流れに身をゆだね、統一に帰属する悟りだった」という文章には、「朝日を映す沐浴地(ヴァイシャーリー)」の幻想的な写真が配されているといった具合だ。

著者にとって、『シッダールタ』は特別な書なのである。「写真家を志した20歳のころから、一年のうちに幾度も旅に出かける生活を繰り返してきました。小さな文庫本『シッダールタ』をジーンズのポケットに、あるいはカメラバッグにしのばせて遠い異国へ旅立つのは、小さな楽しみのひとつでした。テレビもなにもない安宿の薄明かりのなかで、小説『シッダールタ』は色あせることなく、年を重ねるごとにますます輝きを増していきました。それは、ある頃からこの小説がシッダールタの遍歴の生涯をテーマとしながら、実は作家ヘルマン・ヘッセの、あるいは一読者である私自身の、仏陀との対話の書に他ならないと思うようになったからです」。