榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

日本型マーケティングの新しい理論的枠組み・・・【山椒読書論(408)】

【amazon 『日本型マーケティングの革新』 カスタマーレビュー 2014年2月3日】 山椒読書論(408)

慶大ビジネス・スクール教授の池尾恭一の講義は、ややこしい理論もすっと頭に入ってくる。教壇を離れて軽快に動き回り、親しみを感じさせる声と口調で、ポイントを衝いてくる。

日本型マーケティングの革新』(池尾恭一著、有斐閣)は、行き詰まったといわれる日本型マーケティングに、新しい理論的枠組みを提示している。

「わが国の戦後の消費社会は、『未熟だが関心が高い消費者』を特徴としてスタートし、その特徴を前提に展開された日本型マーケティングは、流通系列化、企業名ブランド、同質的マーケティング、連続的新製品投入という特質をもつに至った。ところが、消費社会のこの特徴は、消費社会の発展の過程で次第に解消に向かっていった。つまり、判断力の向上による未熟性の解消であり、関心の低下である。こうして、未熟だが関心が高い消費者を前提としていた日本型マーケティングは、基盤を失い、環境不適合を招くこととなった。したがって、わが国のマーケティングが求められている変革の方向とは、まさに、関心の低下に対応したマーケティングであり、未熟性の解消に対応したマーケティングである」。著者は、この関心の水準を購買関与度によって、また、未熟性の程度を製品判断力によって捉え、この2つの要因に基づいて、消費者行動とマーケティングのあり方を説明している。

著者の譬えは、非常に理解し易い。「例えば、オーディオ・マニアは、オーディオ用のアンプを買うときに、カタログ・データを種々の点にわたって代替製品間で比較・検討をするかもしれない。また、かれらは小売店頭でアンプを試聴して、その性能を吟味するかもしれない。これは、マニアのような消費者ならば、要約度の低い情報や現物の吟味によるナマの情報から、自分自身の力で、評価を行う属性次元まで要約を行うことができるからである。つまり、かれらは、自分のニーズを最もよく満たす製品を探すのに必要な情報を、要約度の低い情報や現物の吟味から引き出すことができるわけである。だが、同じオーディオ用アンプを買うにしても、マニアでもない一般の消費者は、自分のニーズは分かっていても、カタログ・データのそれぞれがそのニーズとどのようにかかわり、それぞれがどのような重要性を有しているかを十分に理解できないかもしれない。あるいは、現物を吟味しても自分自身の力では、必要とする十分な情報を得ることができないこともある。したがって、このような消費者は自分でニーズと関連付けることができるレベルまで人の手によって要約された、例えば『音のよさ』とか『ノイズの少なさ』といった次元の情報を求めるであろう。つまり、製品判断力の高い消費者は、より要約度の低いナマに近い情報を自分自身で処理できるのに対し、製品判断力の低い消費者は、別の人間によって要約された情報しか処理できない」。オーディオに限らず電気製品に暗い私の経験に照らして、納得がいく説明である。

「マーケティングの観点から望まれるのは、なんらかの形で、最終消費者の信頼を得ることによって、顧客専属度を高め(顧客シェアを高め)、顧客組み替え自由度を低める(ロイヤルティを高める)ことである。すなわち、消費者の囲い込みである。この消費者の囲い込みのためにいかなる方法が適切になるかは、購買関与度と製品判断力、および自社の相対的強みと弱みに依存する」。一般論として述べられているが、医薬品の特殊性に鑑み、「最終消費者」をドクターと置き換えれば、我々が属する医薬品業界でも十分に応用が可能である。