古代への幻想に誘(いざな)われる小さな写真集・・・【山椒読書論(444)】
【amazon 『大和路のこころ』 カスタマーレビュー 2014年5月18日】
山椒読書論(444)
心静かに過ごしたいと思うとき、書棚から引っ張り出す本がある。『大和路のこころ』(入江泰吉著、講談社文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)という、100ページに満たない文庫版の小さな小さな写真集である。奈良をこよなく愛した写真家・入江泰吉の写真と談話で構成されている。
どの写真も素晴らしいが、とりわけ心惹かれるのは、「山の辺の道を往く」の写真たちである。「神やどる道さながらのたたずまい」と題された、霧に霞む古代を偲ばせる細い山道。「海柘榴市(つばいち)周辺の秋景色」の何とも懐かしい畑沿いの小道。「古代への幻想をさそう崇神陵」の幽玄さ。「崇神陵から落日の二上山を望む」の今まさに沈まんとする夕日の美しくも静寂な佇まい。「中山の里をよぎる夕霧」、「この道には桃の花がよく合う(中山付近)」からも山の辺の魅力が静かに伝わってくる。
入江の語りも捨て難い。「・・・私には、影媛の哀れな姿が、ついまぶたの裏に描きだされてしまう。山の辺の道とはそんな道なのだ。みかん畑かと思えば、それが古墳だったり、桃の畑も坂道も、一足一足が古代人の跡をたどるような道。私は、自分の古代に結ぶイメージが自由に選べるので、ここをたくさん撮るようになった。そしてどこを撮っても絵になるのである。もう一つ、山の辺の道で私が深く心を魅かれるのは、崇神陵のあたりから望んだ三輪山の秀麗な姿と、夕焼けの美しい二上山の景色だ。・・・人が一人、やっと歩けるほどの細い山道を辿りながら、こんな古代人の秘話が自然に胸に思い浮かぶような道――そこをひっそりと歩いているときに、人は人間らしい自分を取りもどせるのではないだろうか」。