榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

インドに売られたネパールの少女たちのドキュメンタリー・リポート・・・【山椒読書論(492)】

【amazon 『少女売買』 カスタマーレビュー 2014年10月26日】 山椒読書論(492)

少女売買――インドに売られたネパールの少女たち』(長谷川まり子著、光文社知恵の森文庫)は、インドに売られたネパールの少女たちの、暗澹とさせられるドキュメンタリー・リポートである。

「ネパールとインド間の国境を越えて、年間7000人のネパールの幼い少女たちが、人身売買犯罪の犠牲になっている。彼女たちの売られていく先は、ムンバイ、プーナ、デリー、コルカタなど、インド屈指の私娼窟。不衛生極まりない売春宿に到着したその日から、一筋の陽光さえ射さない狭い部屋に軟禁され、性奴隷として日に数十人もの客の相手をさせられることになる。そして、多くの少女がHIVに感染し、果てはAIDSを発症して死んでいく・・・」。

HIVに感染した女性の医療施設における一例は、こう報告されている。「膣内の膿が絶えず流れ出し、クリニックのフロア全体に広がるほどの強い臭気を放つため、カビータはそれをとても気にしていた。・・・医師によれば、カビータはいつも、『ごめんなさい、ごめんなさい』と、医師や看護師に詫びてばかりいるそうだ。臭いを放つ自分を、申し訳なく思っているのだ」。彼女は、間もなく28年の生涯を終えたという。

「少女たちは、その先に何が待ち受けているかを承知の上で、売られていくのではない。彼女たちの親もまた、娘がどのような仕事をさせられることになるかを知らない。表向きはカーペット工場の工員や、インドの中産階級家庭の住み込みメイド、あるいは食堂のウエイトレスといった就職口を斡旋され、村を出ていくのである。仕事を紹介するのは、トラフィッカーと呼ばれる周旋人だ。彼らは、言葉巧みに少女を誘惑し、仲買人を介して売春宿に売りさばく。周旋人がターゲットとするのは、農村地帯の少女が主流だ。貧しい家庭の娘がとくに狙われやすい。・・・貧困家庭では、子どもも重要な労働力だ。幼い頃から農作業や家事、幼い弟妹の世話を担わされ、初等教育も満足に受けられない。無知で純真な少女たちは、貧しい親を助けたいという孝行心や、幼い弟妹におなかいっぱい食べさせてやりたいという兄弟愛、過酷な農作業から逃れたいといった理由から、甘い言葉に夢を抱き、ついていってしまうのである」。ネパールにもカースト制度があり、最低位カーストの女性が、こういう境遇に陥り易いという。

「少女たちが連れていかれる先には、この世の地獄が待っている。365日、24時間、日に何十人もの客を相手に売春を強要されるのだ。しかし、少女たちの手元には一銭たりとも入らない。与えられるのは、粗末な食事と数着の衣類のみ。売春宿が雇う用心棒が始終監視につき、脱走することも叶わない。軟禁状態の下、深刻な病気を患うか、客のつかない年齢に達しない限り、解放されることはない」。

「リサーチの結果、160人のセカンダリー・トラフィッカーの大半を女性が占めていることがわかった。ガルワリ(売春宿の女性経営者)や売春宿のマネージャー、娼婦をしながらトラフィッカーを兼業している女たちだ。彼女たちもまた、人身売買の被害者であり、売春を強要されていた者たちである。しかし、30歳を過ぎると、客をとれなくなってくるため、他に生活の糧を求めなくてはならない。が、身を売る仕事をしていた女性に対し、社会は冷たい。教養も手に職もない彼女たちが、他の仕事に就くのはほぼ絶望的だ。一度、この世界に足を踏み入れた者は、そこで生きていくしか術はないのである。そして、彼女たちは、自分がかつてそうされたように、少女たちを売ることで生きながらえるのだ」。このことは、人身売買被害者の社会復帰が、いかに難しいかを物語っている。何とも、絶望的な悪循環ではないか。

著者は、こういう少女たちを救い、社会復帰をサポートすべく、現地でNGOラリグラス・ジャパンというボランティア活動を行っている。しかし、「(現地のNGO)マイティ・ムンバイの活動は、有名無実ともいえる(売春禁止法や人身売買を禁ずる)法律、そして行政や警察組織の腐敗によって、苦難を強いられ続けている」というのだ。我々、日本人にも重い問題を突きつけてくる一冊である。