『三銃士』のダルタニャンの肉声が聞こえてくる・・・【山椒読書論(521)】
謎に包まれた囚人・鉄仮面は、私の好奇心を激しく掻き立てる。鉄仮面はピニェロル要塞の牢獄からサント・マルグリット島の要塞の牢獄へ、そして、バスティーユ要塞の牢獄へ身柄を移される。鉄仮面が収容されていた時期のピニェロル要塞、サント・マルグリット島の要塞、バステューユ要塞の総督を務めたのが、ベニーニュ・ドーヴェルニュ・ドゥ・サン・マールという人物である。すなわち、鉄仮面はサン・マールの管理下に置かれ続けたのである。このサン・マールは、『三銃士』で知られるシャルル・ダルタニャンの銃士隊時代の信頼厚い部下で、ピニェロル要塞総督就任はダルタニャンの推薦によるものであった。写真は、サント・マルグリット島の地中海に面した絶壁にそそり立つ牢獄の今の姿である。
子供の頃、アレクサンドル・デュマの『三銃士』に夢中になり、三銃士ごっこをするときは、皆がダルタニャン役をしたがったことを懐かしく思い出す。『ダルタニャンの生涯――史実の「三銃士」』(佐藤賢一著、岩波新書)によって、そのシャルル・ダルタニャンが17世紀に実在した人物であること、ルイ14世の信頼が厚い側近だったこと、ルイ14世の密命を受けて、権勢を誇った財務長官、ニコラ・フーケを逮捕し、同時期に謎の囚人・鉄仮面も収容されていたピニェロル要塞の牢獄に護送したこと――を知ることができた。
史実から窺われるダルタニャンからは、『三銃士』で描かれた、切った張ったの大立ち回りを演じる若者というよりも、自分の任務に忠実で、調整力に優れた有能な軍人・宮廷人というイメージが浮かんでくる。
「軍隊という厳格な組織に属し、また宮廷という複雑怪奇な社会に生きたダルタニャンの実像は、どこか当世サラリーマンの悲喜劇を思わせるところがある」。
「この快男児も我々と同じ公人であり、確かに上役の命令とあらば、財務長官の逮捕を躊躇できなかった。が、私人としてフーケに恨みがあるわけではない。人間として誠意を尽くして、なんら恥じるところはない。ああ、命令には従う。護送もすれば、(護送中の)馬車も止めない。ただ歩みを弛めて、囚人に家族との再会を許したからと、それで咎められる謂われはない。そうして誇示された一片の勇気にこそ、我々現代人は拍手喝采を惜しまないのではなかろうか」。
ダルタニャンの肉声が聞こえてくるような一冊である。
あなたの書評は長い、引用が多過ぎると、女房に不評なので、今回は短い書評に挑戦してみた(笑)。