老人になったら、最後には負ける勝負を戦う、それが人間の光栄だっていう考え方・・・【山椒読書論(704)】
『人生相談 谷川俊太郎対談集』(谷川俊太郎・谷川徹三・外山滋比古・鮎川信夫・鶴見俊輔・野上弥生子・谷川賢作著、朝日文庫)のいずれの対談も興味深いのが、とりわけ印象的なのは、鶴見俊輔との対談「初対面――日常生活をめぐって」である。
●鶴見=自分なりの感覚でやっていればいいと思う。やっぱりポイントは、日本として、ゆっくり巧みに貧しくなっていって、この程度のことなら愉快に貧しくなっていけるなという、それを探し求めることだと思う。それから自分の生活で言えば、ここのところは削ってもいいな、こいつはなくてもやっていけるな、というランクを見極めることだと思うね、順位を。
●鶴見=現代に生きている古代人のようなメキシコのドン・ファンの教えは、耄碌の問題を前面に置いている。要するに最後には負ける勝負を戦う、それが人間の光栄だっていう考え方でね、勇気をもってそこへ入っていく。世阿弥の『花伝書』もそうじゃないの。耄碌していく段階での輝きっていうかな、●谷川=そういえばそうですね、●鶴見=やっぱり若いときのそれは花があるけども、そっちのほうが綺麗なんだけども、しかしやり甲斐のあるのは老年に入ってからの修練だっていう価値感がある。
●鶴見=老人がきちんと型を守って衰えて死んでいくという努力が、それはやっぱり未開から古代にかけては、文明の中心だったんじゃないでしょうか。いつか分からないけども、そういうところが文化の基本だったんじゃないでしょうか。
●鶴見=だんだんに責任のある行動がとれなくなる。自分の労働範囲をギューッと凝縮して狭めてゆくならば、自分が賭けている理想を実現するってことはあるいはできるかもしれない。美学的な基準は非常に小さくして盆栽のような小さな領域で守り切るわけだ。それでも最後は崩れて負けるんだけれども、その直前まで守り切る、というか、それができるかどうかでしょうね。盆栽なんてのは面白いと思うね。昔くだらないと思っていたことが全部面白くなってきた(笑)。まあそれは美学的なものとも考えられるし倫理的なものとも考えられるし、見栄としても考えられるしね。●谷川=そうそう、そうです。
●谷川=ぼくは鶴見さんが、こんなことうかがっていいのかどうか分かんないけども、やっぱり性的に少し過敏というか、そういう性質だって、自分のことおっしゃってたでしょ。そのことが興味あったんですけどね。●鶴見=・・・いまわたしの根本的な哲学は、(性的に)潔癖な人は幸せになりえないっていうことです。
谷川との対談だから、鶴見もこのように率直に語れたのだろう。鶴見の考え方に触れて、老年期をいかに生きるべきか、いいヒントが得られた。