三国時代末期の竹林の七賢が謎解きに挑戦・・・【山椒読書論(787)】
【読書クラブ 本好きですか? 2023年5月6日号】
山椒読書論(787)
目利きの読書仲間・田村幸資さんが「推理小説というには地味すぎるが楽しめる本」と評している『竹林の七探偵』(田中啓文著、光文社)を手にした。
疑・誤・蝕が鼎立した三国時代末期、疑では「司馬氏は絶大な権力を持ち、おのれに従うものは重用し、少しでも批判的なものはただちに誅した。立身出世のための根も葉もない密告が横行し、優秀なものも国家を思うものもそのために陥れられ、落命することが多かった。・・・そんな時世を生き延びるために、能ある士はその能を隠し、才ある士はその才を隠し、ときには愚昧を、ときには風狂を、ときには酒乱を、ときには吝嗇を装い、政に関わることを避けて、封建専横の風が吹きやむのを頭を低くして待った。彼らは俗世間に背を向け、『清談(せいだん)』と呼ばれる、世俗を超越した『談義のための談義』に熱中した。・・・ここ河内郡山陽県の深い竹林に、そのような七人の厭世家たちが集い、昼間から親しく酒を酌み交わしながら清談に耽っていた。普段は自己を殺していても、この竹林のなかでだけは本音でしゃべり、自己を解放することができる。後の世のひとは、彼らを『竹林の七賢』と呼んだ」。
本作品では、この竹林の七賢が「疑案(ぎあん)」と呼ばれる謎解きを楽しむという趣向が凝らされている。鬼神は実在するか、この世に怪異はあるか、老子はどこへ去ったのか――といった謎解きに挑戦するのだが、七賢はなかなか謎を解くことができない。そこで竹の精である華虞姫に頼るということになるのだが、この女性(にょしょう)が名探偵ぶりを発揮するのである。
推理を楽しみながら、名しか知らなかった竹林の七賢の歴史的背景と実態を学ぶことができる一冊だ。