榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

温泉宿を舞台に繰り広げられる5組の男女の人生・・・【情熱的読書人間のないしょ話(38)】

【amazon 『初恋温泉』 カスタマーレビュー 2015年1月2日】 情熱的読書人間のないしょ話(38)

我が家では、元旦に家族が揃って、祖母、父、母、私、妹の順で、その年の抱負を発表するのが、父の定めたルールでした。現在も、屠蘇、雑煮の後、お節をつまみながら、前年の反省点と、新たな年の目標を女房と語り合うのが習わしとなっています。

閑話休題、小説を読む利点はいろいろありますが、自分以外のもう一つの人生を体験できることも大きな魅力です。

この意味で、温泉を訪れた男女の人生のそれぞれを、5つの短篇で味わうことができる『初恋温泉』(吉田修一著、集英社文庫)は、私を満足させてくれました。

「初恋温泉」では、初恋を実らせたというのに、突然、妻から別れを切り出された夫の気持ちを体感することができます。「白雪温泉」では、妻と訪れた鄙びた温泉宿で、ミステリアスな男女と襖を隔てた隣に泊まり合わせた経験を。「ためらいの湯」では、浮気一泊旅行に出かけた男女の機微を。「風来温泉」では、夫の仕事中毒を厭う妻から予約済みの旅行への同行を拒否された夫が、宿泊先の高級ホテルで高そうな革のコートを着た一人旅の女性を見かけるのです。「純情温泉」は、それぞれの親に嘘をついて一泊の温泉旅行に出かけた男女高校生の甘酸っぱい香りが漂ってくる物語です。