榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

それぞれの本の読みどころだけを要約した谷沢永一の書評集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(145)】

【amazon 『人間通になる読書術』 カスタマーレビュー 2015年8月16日】 情熱的読書人間のないしょ話(145)

散策中にキバナコスモスに出会いました。鮮やかなオレンジ色の群落が夏の風に揺れています。コスモスという名が付いていますが、コスモスとは別種のため交配しないとのことです。

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閑話休題、『人間通になる読書術』(谷沢永一著、PHP新書)は、一般的な書評集とは様相を異にしています。「単なるお勧めではなく、それぞれの本のずばり読みどころだけを要約して読者に提供しようというわけです。・・・今までによく見かける通常の読書案内から、なんとしてでも一歩は踏みだしてみたかった。・・・ですから、この本は読書への勧誘ではなく、この本に書いてあることの中心部分はこれこれですよ、という伝達であり報告なんです」。書評らしきものを書き散らしている私も、これと同じ考え方で取り組んでいます。

谷沢永一の鮮やかな筆捌きを見てみましょう。例えば、「人間性の正味を観る――『お菓子と麦酒』サマセット・モーム著(新潮文庫)」は、こんなふうです。「女の魅力、女の値打ち、その本当の奥底、真実の中味、それは何処に見出せるのか、この永遠の難問に、煎じ詰めた解答を、ゆるやかな説得力で提示する。女の芯と核と髄を、男が見定めて推し測る為の、拠るべき辛(から)い典範である。・・・世間体や世の受けで女を選ぶ右顧左眄の見栄っ張り、または、俗に謂う知性や教養などのソトヅラを喜ぶお調子者、つまりは遊魂虚飾の気取り屋にとって、この小説の趣旨と暗示は、忌避すべく唾棄すべきであるだろう。しかし一筋縄ではいかぬ人の世には、敢て故(ことさ)らな逆説に塗り籠めてしか、手掛りを仄めかし得ぬ事実が伏在。その仕掛けと駒組みこそが、小説なるものの効能であろうか」。このように書かれて、読まないで済ますことができるでしょうか。早速、『お菓子と麦酒(ビール)』(ウィリアム・サマセット・モーム著、厨川圭子訳、角川文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読んだところ、谷沢の言うとおり、モームの作品の中でも一、二を争う傑作だったのです。

「既成の文学史や事典類では、モームの評価が見当外れである。彼は文壇の流儀に即する追従型ではなかった。ゆえに、一貫して埒外または二流扱いである。・・・モームの主題は直截簡勁、人間とは何か、である。人間性の正体を、表から裏から、まるごと掴んで、同時に、それをどう観察して、それにどう対処したらよいのか、その間の思案を、単刀直入、読者に語りかける姿勢、その微調整が、それだけが、モーム一代の念願であった」。モーム文学に対する谷沢の的を射た正当な評価に、全面的に賛成です。

本書では40作品が取り上げられていますが、谷沢に煽られた私は、『お菓子と麦酒』に止まらず、何冊も読むことになってしまいました。