人間関係の微妙さを鮮やかに切り出したモームの短篇小説・・・【山椒読書論(74)】
【amazon 『この世の果て』 カスタマーレビュー 2012年9月25日】
山椒読書論(74)
『この世の果て――モーム短篇集(8)』(ウィリアム・サマセット・モーム著、増野正衛訳、新潮文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読んで、今更ながら、モームのストーリーテリングの巧みさに痺れてしまった。
英国情報局秘密情報部の諜報部員であったとか、同性愛者だったとか言われようと、モームほど読者を満足させる小説が書けるなら、そんなことは大したことではない。読者が面白いと感じる小説、読者が思わず人生について考えてしまうような小説が、小説の王道なのだ。
この短篇集に収められている『この世の果て』によって、人間の心理の複雑さ、ごく身近な人間を理解することの難しさを改めて思い知らされたが、私が一番強く感じたのは、「離婚」問題が生じた場合、どう対応すべきかということであった。
主要な登場人物は、狂言回しのほかには、英国の植民地・マレー半島の農園主夫妻と、農園主の親友で隣の農園主のたった3人だけである。こんな少人数だというのに、思いもかけないドラマが展開する。そして、意外な結末を迎える。さすがモームというか、モームでなければ描けない小説世界なのだ。
『ニール・マックアダム』は、訳者が、有名な『雨』と並ぶ、モーム短篇小説中の第一級の傑作だと高く評価しているが、こちらも主要な登場人物は、植民地・マレー半島の博物館の管理責任者夫妻と、その助手の青年の3人のみである。人間関係の微妙さ、見る立場によって異なってくる人間評価の食い違いが見事に描き出されている。
久しぶりに短篇小説の面白さを堪能してしまったので、次はモームの長篇が無性に読みたくなってしまった、どうにも懲りない私がいる。