榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

煮ても焼いても食えない著者の反「教養主義」論集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(169)】

【amazon 『負けない力』 カスタマーレビュー 2015年9月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(169)

散策中に、ススキの群落に出会いました。秋風に穂が気持ちよさそうに揺れています。イチョウの実が落ちているのを見つけました。ギンナンに触るとかぶれるわよと、女房は逃げ腰です。ハナミズキが赤い実をたくさん付けているのにはびっくりしました。

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閑話休題、『負けない力』(橋本治著、大和書房)は、橋本治特有の一癖も二癖もある書物です。橋本の本を読むと、普段はあまり使わない脳の部分が刺激されて活性化するような錯覚に陥るから不思議です。

「独創的」であることを論じた箇所は、かなり独創的です。「独創的であるために一番手っ取り早い方法は、とりあえず勝手なことをやって失敗することです。そして、『自分は失敗するつもりでやったわけじゃないのに、なんで<失敗>になったんだろう?』と考えればいいのです。自分の失敗した理由を考えて、『そうか』と解明出来るのは、とんでもなく大変なことです。だから、その失敗を改めて成功にたどりつけば、それが『独創的』です。たとえその結果が『いかにもありふれたもの』であったとしても、その結果に至るまでのプロセスは独創的です」。

「失敗」については、逆説的な論が展開されています。「人は、自分の失敗を埋めることによって、成功へとたどりつきます。その成功がどんなものであれ、成功というのは人をほっとさせ、癒してくれます。でも同時に、成功ばかり続けていると、人はだめになります。だから、成功状態を続けたいのなら、時々はそこに失敗を挟むことです」。

著者は「教養主義」がよっぽど気に食わないのか、毒のある言葉を放っています。「教養主義というのは、『教養である知識を知っておけばなんとかなる』という考え方ですから、『さっさと大量の知識を覚え込む』ということが根幹にあります。だから、勉強好きな秀才はさっさと真面目に知識を詰め込みますし、勉強がそう好きではない凡人も『勉強とはそういうものだ』と思って秀才の真似をします。真似をして、どっかで疲れたりするのですが、その勉強の仕方自体が『教養主義的』なのです」。

「考え方」についても、強烈な皮肉が続きます。「それまでの自分の考え方とは違う『新しい考え方』をさっさと取り入れられるなら、その人には、『新しい考え方』を取り入れる上で邪魔になる、『自分の考え方』がないのです」。「はっきりしていることはただ一つ、『考え方はそう簡単に変えられない』です。だから、『変えた方がいいんだけど、でもそう簡単に考え方は変えられないから、<さっさ>とではなくて、のんびりと時間をかけて変えて行くしかないのだ』とお思いになればよいのです」。

橋本が多用する「だから」の次には、毒のある文章が続くと考えておいたほうが無難ですね。

「知性」に事寄せて、他人との関係について警句を吐いています。「知性というのはまず、『自分の頭がいいかどうかは分からないが、あの人は頭がいい』というジャッジをする能力です。『知性は<頭がいい>とは違うもの』と言いましたが、このように違います。たとえば、『頭のいい人』は、平気で『自分は頭がいい』と認めてしまいます。それを人には言わないまでも、自分で自分のことを『頭がいい』と思ってしまいます。『頭がいい』というのは、『学校の勉強がよく出来た』というような根拠によって簡単に思い込めるシンプルなものですが、知性はもっと複雑です。知性というものは、『自分には知性があるのか?』という自問に対してでさえ、きっぱりとは答えられません。・・・『<私には知性がある>などと言ってはいけないのが知性だ』と思うしかないのです」。

「謙遜」は、著者にしては珍しく、ずばりと表現されています。「謙遜というのは、『なめたらいけませんよ』という強制力を隠し持って、相手の出方を待つ、人との対峙法であったりするのです」。

「問題」は重要問題との扱いを受けています。「問題を『問題』として捉えて、『なんかへんなところはないかな?』と考えることです。試験問題とは違って、あなたが現実に立ち向かう問題には『模範解答』などというものはないのです。問題に対する解答を出す人があるとしたら、それはあなただけです。現実の問題に『答の出し方』などはありません。問題に対して格闘するのはあなた一人で、だとしたらあなたのすることは、『この問題はどうなってるんだ?』と、まず問題を検討することです。敵をよく知らなければ、敵を倒せません。ためつすがめつして、『なんかへんだな?』と思ったら、そこが解答につながる細い通路です。それは、とても細い通路です」。読者自身が考えることを促してきた著者が、ここに来て、漸く解答らしきものを漏らしています。

「煮ても焼いても食えない」とは、橋本を表現するために存在する言葉ではないかと思ってしまうのですが、これは飽くまでも褒め言葉ですので誤解のないように。