本書が高校の化学の教科書だったらよかったのに・・・【情熱的読書人間のないしょ話(175)】
散策中に、モミジバフウが紅葉し始めているのに気がつきました。カツラも色づき始めています。秋の深まりが目を通しても感じられるようになってきました。
閑話休題、私は学生時代に化学の授業を受けたことがないので、製薬会社に入社してから苦労しました。『ぼくらは「化学」のおかげで生きている――素晴らしきサイエンスCHEMISTRY』(齋藤勝裕著、実務教育出版)は、私のような者にも化学を分かり易く説明してくれます。『じゃあ、化学を勉強してみよう』と思って、久しぶりに高校の化学の教科書を開いてみても、なかなか頭に入ってきません。なぜなら、教科書は化学のすべての分野が総花的に詰め込まれていて、実際の生活、企業活動、将来の社会的ニーズとは無関係な構成になっているからです。多くの方々が高校化学に興味を失った最大の原因は、そんなところにあったように思います」。
教科書とは一線を画して、本書は、「ぼくらの日常にひそむ『化学』」、「ぼくらのテクノロジーを育んだ『化学』」、「『化学』でつかむ自然現象」、「ぼくらは『化学』に生かされている――医療・生命・環境」、「元素がわかると『化学』に強くなる」――という章立てになっています。
どのように解説されているのか見てみましょう。「溶液を作る場合、溶かすものを『溶媒』、溶かされるものを『溶質』と言います。水に砂糖を溶かしたら、水が溶媒、砂糖が溶質です。・・・量の多いほうを溶媒、少ないほうを溶質としています。例えば、日本酒(15度のアルコール度数の場合)は体積の15%がエタノールで、水が85%ですから、水が溶媒、エタノールが溶質となり、『日本酒はエタノールの水溶液』ということになります(こう言うと、味も素っ気もありませんが)。度数の高いお酒、例えば70度のウォッカの場合はどうでしょうか。体積の70%がエタノールですから、水は30%。よって、エタノールが溶媒、水が溶質と逆転し、『水のエタノール溶液』ということになります」。
「原子にせよ分子にせよ、粒子は電子を持っており、その電子は『軌道』と呼ばれる部屋に入っています。この部屋は高層マンションのようなもので、低い部屋から高い部屋まで、たくさんあります。低い軌道は軌道エネルギーが低く、高い軌道は軌道エネルギーが高くなっています。普通の状態の電子は、低い軌道に入っています。これがエネルギー的に安定な状態(基底状態)です。原子や分子にエネルギーが注入されると、電子がそれを受け取って利用し、上の部屋に移動(遷移)します。これが高エネルギーで不安定な状態(励起状態)です。電子は不安定な励起状態から、安定な基底状態に戻ろうとします。そのとき、余分となったエネルギーは放出されます。このエネルギーが熱となれば発熱、光となれば『発光』なのです。この光の色は、エネルギーが小さければ赤、大きければ青となります。・・・LEDはいったん励起状態になり、それが基底状態になるときに光(エネルギー)を放出します。LEDの場合、この励起状態を作る方法が実に巧みなのです」。
「放射性同位体(原子核が不安定で、放射線を出して別の原子に変わるもの)は固有の半減期を持っています。例えば、炭素の同位体である『炭素14』は半減期5730年でβ崩壊し、『窒素14』に変化します。この変化を利用したのが植物の年代測定です。・・・このようなときに活躍するのが『炭素年代測定』です。空気中の二酸化炭素には一定割合の『炭素14』が含まれています。植物は光合成によって二酸化炭素を取り込みますから、植物中の『炭素14』の濃度は空気中の濃度と同じです。しかし、この植物が枯死したら、どうでしょうか。もう空気中の二酸化炭素を取り込むことはありません。植物中の『炭素14』は『窒素14』に変化していきます。・・・植物中の『炭素14』の濃度が空気中の半分になっているということは、その植物が枯死してから半減期=5730年経ったことを意味します。このようにして年代を推定するのです」。
「この実験で得られたアミノ酸こそは、タンパク質の構成要素であり、まさしく生命を担う物質と考えられたものでした。その成果の革新性から、実験者の名前を取って『ミラーの実験』と呼ばれるようになりました。ところが、その後の地球物理学の研究により、原始地球の大気は(ミラーの恩師の)ユーリーの考えた還元性気体ではなく、二酸化炭素やチッソ酸化物などの酸化性気体が主成分であったと考えられるようになりました。実は、このような酸化的な大気中での有機物の合成は著しく困難なのです。このことから、現在ではミラーの実験そのものは、過去のものと考えられることが多くなりました。しかし、無機物と有機物は相互変換が不可能ではなく、適当な条件さえ満たされれば、『無機物が有機物に変化する可能性がある』ことを示した画期的な実験でした。その可能性がなかったら、地球上の生命体はどこか他の天体から運び込まれたものと解釈せざるを得ないからです」。
化学の教科書が本書のように工夫されていたら、化学嫌いが増えなかったかもしれませんね。