榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

福島原発事故が引き起こした悲劇を風化させるな・・・【情熱的読書人間のないしょ話(187)】

【amazon 『福島の声を聞こう!』 カスタマーレビュー 2015年10月3日】 情熱的読書人間のないしょ話(187)

散策中に、イヌサフランの薄紫色の花が咲いているのを見つけました。アヤメ科のサフランとは別物で、こちらはユリの仲間です。薄紫色の小さな花をたくさん付けているローズマリーにも出会いました。女房が、この葉をこするといい香りがするのよと教えてくれたので、試したところ、ハッカのような清涼感のある匂いでした。

P1020945

P1030020

P1020958

閑話休題、『福島の声を聞こう!――3.11後を生き抜く7人の証言』(渡辺一枝著、オフィスエム)を読んで、少し意外な感じがしました。

私は、福島原発事故の反省を踏まえて、「トイレのないマンション」である原発は即刻廃止すべきであり、オリンピックなどの国家プロジェクトより福島原発事故の被害者救済を優先すべきと考えている人間ですが、本書に登場する7人の証言からは、東電や国・自治体に対するあからさまな怒りよりも、原発事故が引き起こした深い哀しみと、絶望の中で希望の灯を見つけようという前向きな姿勢が伝わってきたからです。

「六角に勤めているある方は、家も流されたし、田んぼも無くなりました。そんな状況で、南相馬市原町で、新しくアパートを借りて住み始めたんですね。その方とご主人は勤めに出ているので、ご主人の83歳のお母さんは家にいました。子供と孫たちは放射能を恐れて他県へ避難しました。日中はそのお母さんは一人になってしまいます。そしてある日、その方が勤めから帰ってきたらお母さんは首を吊っていたんです。83歳で自分の命を絶つということがどのくらい辛いことかと思うと本当に耐えられません。しかも、そういう人がたくさんいたんですよ」。こういう悲劇が自分の身に起こったとしたらと考えたことがありますか?

原発事故は豊かな自然を何もかも奪い去ったのです。「田舎のよいところは山や川や海など、豊かな自然に囲まれていることに尽きるわけで、それらがすべてなくなれば、田舎にいる意味がないのですね。もし放射能に色がついていれば、現在の浜通地区はすべて灰色です。もし放射能をこの目でみることができれば、たくさんの人は逃げてしまうはずです。それをなんとか自分の気持ちをごまかして住んでいるだけなんです。それでも自分の故郷を、自分が何十年も生きてきた証を全部消してしまうことはできないから、元いた場所に戻ってきたのです」。

「私の家から福島第一原発までは距離にして40キロほどです。ところが村民6千人のうち、一体誰が、原発が実際に爆発するなんて予想したでしょうか。ほとんど誰も考えなかったと思います。原発周辺の市町村では、電源三法交付金という多額の助成金を受けているので立派なホールや役場がたくさん建っています。しかし、飯舘村はそういったエリアの外部にあたり、私たちは、農業を中心とした原発とは縁のない村づくりをしてきたし、原発自体まったく身近に感じていなく、まさか原発事故の被害が直接飯舘まで及ぶとは思ってもいませんでした」。

住民がいなくなった警戒区域の家での窃盗被害が後を絶ちません。「私の家の3軒隣の話ですが、一時帰宅してみると知らない人がお風呂に入っていたそうです。飯舘の人っておとなしくて、そういった被害にあっても大事(おおごと)にしないので、そういった犯罪はなかなか少なくならないかもしれません」。

「私たちは、『測定』『除染』『健康調査』の3点に重きを置いています。まずは外部被曝を減らすための『除染』の徹底、そして食品をきちんと『測定』して内部被曝を減らし、最後に、子供の健康に悪影響を及ぼしていないか、特に甲状腺に影響がないか、長期的な『健康調査』をすること。これらを町に県に、国に要望してきました」。

「私たちの生活は原発事故以降、『放射能と向き合って暮らす』ことが避けられなくなりました。例えば朝に美しい山を眺めても、あの山の景色は以前と何も変わらないけれど放射能で汚染されているのだな、とつい考えてしまいます。いつも放射能のことを意識して暮らすことが当たり前になったのです」。私たちは、被災地の人たちの心情に寄り添っているでしょうか。

国や自治体は、本気で住民の健康を気遣っているのでしょうか。「甲状腺がんはチェルノブイリでも事故後4年ほど経ってから症状が出始め、ピークが10年後ぐらいだったと聞いています。今回の検査のようにたった一度だけで止めてしまっては『子供だまし』にすらならないのですが、こんなことがまかり通っています」。

「除染といっても除染した場所は一旦、線量が下がっても、雨が降ったり雪が融ければ元に戻ります。汚染土壌も仮置場に集めているわけですから、『除染』という言葉自体も嘘で、ただ場所を移しているだけの『移染』に過ぎません。汚染土壌の焼却施設は『減容化施設』なんて言い方をして、何度もごまかしごまかしを重ねています」。

「今、野鳥の会が被災地の調査をしているようですが、鳥に詳しい友人は、つばめの奇形が増えていると言っていました。鳥類は哺乳類よりも影響が出やすいので、調査のうえでポイントになるかと思います。東京で小児科医をやっている友人とのメールのやりとりで、今回の原発事故による風評被害をどう捉えているか尋ねてみました。多くの医者が専門家ぶって答えるように、『心配いらない。一部の人が騒いでるだけ』といった答が返ってくることを予想していたのですが、予想を裏切って『食べ物は西のものを食べるようにしている』との返事が返ってきました」。

「東京電力が引き起こした原発事故さえなければ、福島にも、早い段階で国からの捜索、援助が入れたと思います。もし20キロ圏内で捜索ができていれば、福島の原発を中心に直径40キロ内の海沿いの地域で打ち上げられていたたくさんの方たちを、見つけてあげることができたと思います。誰にも見つけてもらえずに、もう一度波に流されて海に戻ってしまったご遺体やその家族のことを思うと、やはり許せないものがあります」。

「津波は天災ですが、原発の事故は起きずに済んだことです。(妊娠していた)家内と同じような経験を、20キロ圏内の住民の殆どがしてきました」。そのとおり、原発事故は国家プロジェクトが惹起した人災なのです。

「(若年層を対象とした対話の場を設けることを)始めてみてわかったことは、(年寄りだけでなく)若い人たちも、本音で話し合えない葛藤を抱えていたことです。子供たちのことで心配事があっても、家族にさえ自分の意見を遠慮してしまう。それでも一緒に生活をしていかなければならない現実があります」。老人も若者も悩んでいるのです。

多くの人が原発の危険性を正しく認識し、被災者たちの一括りにはできない思いに寄り添い、そして、福島原発が人々にもたらした悲劇を風化させないために、一人でも多くの人たちに読んでほしい小冊子です。