榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

原発の補償金を絶対に受け取ろうとしない島がある・・・【情熱的読書人間のないしょ話(314)】

【amazon 『ぼくたち日本の味方です』 カスタマーレビュー 2016年3月3日】 情熱的読書人間のないしょ話(314)

我が家には、今年も、2組のごく小さな内裏雛が姿を見せています。私は、ふっくらとした男雛、女雛のカップルのほうが好みですが、女房はもう一方のカップルを気に入っているようです。

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閑話休題、対談集『ぼくたち日本の味方です』(内田樹・高橋源一郎著、文春文庫)が出版された趣旨が明快に語られています。

内田樹は、「特定秘密保護法から始まり、集団的自衛権の行使容認、そして安保関連法案を通じて、日本政府は70年間の不戦の国是を捨てて、『戦争ができる国』への法整備を進めています。国民の知る権利も基本的人権も『法の支配』も立憲主義までもが風前の灯火となっています」と指摘し、高橋源一郎は、「生れたときも、生れる前からも、親たちはひとかたならずわたしのことを思っていてくれたはずである。以来、60有余年、わたしが生きてここにあるのは、実にさまざまな方々のおかげである。わたしは、人びとのお世話になり、文学や芸術やマンガ、気候・歴史・慣習、その他もろもろの有形無形なものたちのお世話になった。ざっくりいうと、わたしは、この『日本』もしくは『ニッポン』という国、あるいは、共同体の中で生れ、育ち、現在に至ったのである。ありがとう、わたしを育ててくれた『ニッポン』さん。・・・わたしたち(高橋と内田)は、やがて、いなくなるが、わたしたちの後から来る人たちのために、『ニッポン』さんには、まだまだ頑張ってもらわなきゃならない。そのためにどうすればいいか。わたしは、ない知恵をふりしぼって考えてみた。みなさんが考えるためのヒントに少しでもなれば幸いである」と記しています。

私にとってとりわけ勉強になったのは、「『原発を作らせない』『沈む日本で楽しく生きる』。この両方を実現している場所が、今、この国には存在する」という章です。

それは、山口県熊毛郡上関町の祝島(いわいしま)だというのです。「男は漁業、女は農業、補償金はいらない」の背景が、「30年間ずっと反対してるんで、原発はできてないんだよね。祝島の漁協に、中国電力から強制的に、漁業補償金が10億8000万円振り込まれたんだけど、供託しっぱなしで受け取っていない」と説明されています。

「祝島の人は勝手にやってるわけ。ずっと自前で、延々と、毎週、楽しくやってる。たとえばこれが都心とか、新興住宅地だと、人間の入れ替えがある。イヤだったらどっか行っちゃえばいい。お金が大量に投下されると、お金の取り合いが起こって、分裂する。でも祝島は、『お金いらないし』『どこにも行けないし』っていうところで、ものを考えている。『あ、こういうやりかたがあったんだ』って、考えさせられたんだ」。私も、考えさせられてしまいました。

「だからUターン、Iターンしてる人は明らかに、生活水準で言えば低いところに来るわけ。確かに貧しい。お金はない。でもさ、『お金で何買う?』っていう話。高級なワイン買う? いらないでしょ。テレビ観られるし、ちゃんとインターネットできるしね。結局、何にお金がかかるかっていったら、医療とか、老後、誰に世話してもらうかとか、そういうこと。それにはあんまりお金かかんないんだよ、祝島では。お金かかるシステムにしてるから、貧困はまずいってことになる。だったら、お金かからないシステムを作ったほうが合理的だっていう話になるでしょ? そういう意味では祝島の人たち、極めて合理的だよね。だから、知恵がある、っていうことなんだ」。これこそ、本当の知恵ですね。

「あのね、祝島の人たちがやってるのは何かっていうと、たぶん、『負け戦』なんです。だって、近い将来、人口ガゼロになるんだから。そういう意味では、僕たち人間はみんな負け戦をしているわけ。最後、死んじゃうんだからね。負け戦が通常の状態だって考えればいい」。負け戦を楽しむという発想は凄いというか、非常に刺激的です。

「で、祝島の例でいちばん感動的なのはさ、基本的に、全然格差がないことですよね、島の中に。・・・全員が同じように苦しみ、同じようにリスクも分かち合ってる。・・・パイが増えなくなったときに知恵を使うのは、どうやって限りある資源をフェアに分割するかっていう問題なんだと思う」。「祝島って、民主主義の原形みたいなものがあるよね」。全く同感です。

この章を読み終わった途端に、地図で祝島の場所を確認してしまいました。祝島で毅然として生きる人々のことを知っただけでも、本書を読んだ甲斐があると考えています。

著者らの考え方に賛成の人も、反対の人も、一読する価値のある一冊です。