榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

53年ぶりに読み返した『天の夕顔』にびっくりした私・・・【情熱的読書人間のないしょ話(427)】

【amazon 『天の夕顔』 カスタマーレビュー 2016年6月22日】 情熱的読書人間のないしょ話(427)

月暈(つきがさ、げつうん)の予告どおり、翌日は雨でした。雨上がりの散策中に、交尾中のモンキチョウを見つけました。コガネグモの雌が腹を見せて獲物に食らいついています。未だ、あちこちでツバメが抱卵しています。因みに、本日の歩数は10,422でした。

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閑話休題、53年ぶりに『天の夕顔』(中河与一著、新潮文庫)を読み返して、びっくりしました。当時、私は大学生で、主人公と7歳年上の女性のプラトニック・ラヴに強い憧れを抱いたことを記憶しているのですが、今回、読み直してみると、二人の交流は人妻である女性の告白の手紙が契機となっており、しかも二人は抱き合ったり、キスもしているではありませんか。

二人のこういう行動を責めているわけではなく、なぜか完全なプラトニック・ラヴと思い込んでいた自分に驚いているのです。

「わたくしが初めてその人に逢ったのは、わたくしがまだ京都の大学に通っていたころで、そのころ、わたくしはあの人の姿を、それも後ろ姿などを時々見てはまた見失っていたのです。・・・格別美しい人とも思わなかったのですが・・・間もなく、その人がそのうち(素人下宿)の娘であり、今は結婚して誰かの夫人になっているのだということを知るようになりました」。

「ふと(夫の)日記を見ると、そこには主人が他の女を愛していたことが書かれてあり・・・そんな時、丁度わたくしと逢ったのですが、弟のようなわたくしと交際することは、何か師弟の親しさのように、この上なく幸福であったが、もし自分が、あなたを愛しだしているのではないか、と考えると、そのことに危険を感じだしたというのでした」。

彼女からの封緘葉書の一節。「このことだけは申上げまいと思っていましたけれど、ああ、今は、もう全部申上げてしまいます。本当にわたくしはいつの間にか、熱情をそそいであなたをお愛し申上げておりました。二十八の今日まで、あなたのような方にわたくしは、一度もお逢いしたことがありませんでした。どうぞこんなことを申上げるのをお許し下さいませ」。

「わたくしはあの人の顔を見つめながら、そういう話をどんなに胸おどって聞いたでしょう。あの人の美しさ。それはもはやわたくしにはもう絶対的なもので、それ以上のものがあろうとは思われませんでした。・・・何よりも深遠で、情熱を含んだ静かな強さが、いつもわたくしを苦しくするほどに執着させるのでした」。

「これがわたくしの彼女に触れた最初でありました。心の昂った興奮の中で、慄えながらわたくしたちは抱きあって名前を呼びあいました」。

「わたくしは少し向きの変った彼女の背中から手をおろすと、そのまま彼女の身体を自然に抱いて、そして二人は突然唇を触れあったのです」。

このまま続けてはいけないと彼女から何度も別れを告げられ、会わない期間が続いては会わずにいられなくなるという紆余曲折を重ねるうちに、歳月が経っていきます。「もう四十近くになっているはずの彼女には、前と変って、何か豊かな、世にもすぐれた人の、たおやかな美しさがあらわれ、それが一層わたくしに新しい献身を感じさせるのでした」。

精神的に深く愛し合っていながら、肉体的には結ばれることのなかった二人ですが、出会いから23年後に、彼女は病気でこの世を去ってしまうのです。

現在の私は、二人のこういう生き方に全面的に賛成することはできません。「わたくしはどんな苦難に堪えても、彼女のかたわらで、ほんの少しの間でも幸福に、平和に暮したい。ほんの一瞬でもあの人と暮せたら、そのためにはどんな悲しい思いも、寂しい忍耐も、全部つぐなわれるにちがいない」。「わたくしはあの人に対して、決して結婚などを求めているのではなかったのです。ただあの人と自由に話したい。それを願うばかりだったのです。しかしあの人に夫がある以上、わたくしはあの人のそばへは自由に行くことさえ許されない」。「今こそ申上げますが、わたくしはただ妻という母親という名のために堪えました。夫と子供の責任に齢をとりました」。「世間には生れて来て、そういう人にかつて生涯一度も逢わなかった人もたくさんいる。むしろ多くの人は、大抵そうであるかもしれない。そう思うと、自分の運命など決して不幸どころではないと思われたのです」。今とは時代が違うとはいえ、二人にはもっと違った道があったのではと思えてしかたがありません。それに、こういう関係を続けることは彼女の夫や子供に対する裏切りではありませんかと、二人に言ってやりたい気持ちです。

愛とは何か、結婚とは何かを考えさせられる一冊です。