榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

真のリベラリスト・石橋湛山から学べること・・・【情熱的読書人間のないしょ話(532)】

【amazon 『石橋湛山』 カスタマーレビュー 2016年9月19日】 情熱的読書人間のないしょ話(532)

舟越保武の修道女の胸像「聖セシリア」は、静謐な眼差しが印象的です。

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閑話休題、『石橋湛山――リベラリストの真髄』(増田弘著、中公新書)によって、真のリベラリストとはいかなる者かを学ぶことができました。

著者は、石橋湛山(たんざん)は、大正・昭和を通じて、確固たる見識と遠大な構想と図抜けた勇気とを備えた、我が国で稀に見るリベラルなジャーナリスト(言論人)・経済評論家・政治家だと高く評価しています。

湛山は、戦前、強まる軍国主義を厳しく批判しました。「満州事変は軍部暴走の序曲であり、対外的には満州国建国と日本の(国際)連盟脱退をもたらし、ひいてはワシントン体制を崩壊へと導いた。また対内的に軍部の政治関与が強まり、とくに犬養首相を殺害した五・一五事件は政党政治を終焉させ、以後、国内では軍国主義・全体主義・国家主義的気運が一段と高まった。この時期に湛山は軍部の独走とその政治干渉を批判し、あくまで政党主体の円滑な議会政治の運営と民主主義擁護のための言論の自由を求めると同時に、政府の下での外交一元化により国際的孤立から脱却するよう提言した。・・・しかし軍部の跳梁と並行して言論統制が強化されていく。とりわけ自由主義者へのさまざまな言論弾圧が顕著となる」。

湛山らしさは、自ら筆を執った敗戦直後の東洋経済新報の社論にも如実に表れています。「『昭和20年8月14日は実に日本国民の永遠に記念すべき新日本門出の日である。・・・今は勿論茫然自失し、手を拱いておるべき折でなく、又、徒に悲憤慷慨時を費す場合でない。・・・かの米英支3国提示の対日条件(ポッダム宣言)の如きは何等新日本の建設を妨げるものではない』と明言し、今後の日本は『世界平和の戦士』として全力を尽くすべきであり、ここに『再生日本の使命』がある。また『科学精神』に徹するべきであり、そうすればいかなる悪条件の下でも、『更生日本の前途は洋々たるものあること必然だ』と訴えた。日本国民全体が敗戦のショックに打ち拉がれていた際に、実に剛毅で楽観的見解を打ち上げたわけであるが、それは単なる虚勢とはいえない。『小日本主義』という長年温めてきた構想をようやく実現する好機が到来したと心底信じたからである」。

「湛山はその言論にしても政治活動にしても、発想が柔軟であり、一定の枠にはまらない。一般人の常識を超えた気宇壮大なスケールを示すことさえある。小日本主義、植民地放棄論、日中米ソ平和同盟構想、いずれも非凡で独創性あふれた発想と論理体系である。また湛山は、東洋と西洋の宗教哲学を併せもち、政治・経済・外交という多角的視野から、日本の発展と世界平和の実現に絶えず焦点を合わせて、類い稀な実践行動を展開した」のです。

湛山が自由思想家の先人として尊敬したのは、二宮尊徳と福沢諭吉でした。「二宮は『いかなる聖人君子の教えでも、自己の判断において納得しがたきものは用いない』など当時において革命的思想の持ち主であり、また福沢は『その門下に向い、自ら実行しうる確信のある主張でなければそれを唱えてはならぬと警めていた』など言論人の真髄を示したことで、湛山は両者を高く評価したのである」。