榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

この世は生きるに値するか――を考えさせられる現代小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(601)】

【amazon 『彼女に関する十二章』 カスタマーレビュー 2016年11月29日】 情熱的読書人間のないしょ話(601)

カキの実にツグミたちが群がっています。ツグミを見たのは、今シーズン初めてです。メジロたちも負けていません。オナガガモの雄、オオバン、ダイサギを見かけました。ススキが夕陽に照らされています。夕空が橙色に染まっています。因みに、本日の歩数は15,004でした。

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閑話休題、『彼女に関する十二章』(中島京子著、中央公論新社)は、一見、軽い印象を与えますが、読み進めていくと、人生について、愛について、正義について、情緒について、苦悩について、幸福について、結婚について、家庭について、男性について、女性について――考えさせられる、巧みに仕組まれた小説であることが分かります。

50歳になった宇藤聖子は、大学院生の息子が一人暮らしを始めたので、同い年の夫との二人暮らしです。零細編集プロダクションを綱渡り操業する傍ら、雑文業に励む夫は、中小企業の老会長からPR誌に、60年前のベストセラー『女性に関する十二章』のような女性論を連載してほしいと依頼されます。

一方の聖子は、税理士事務所と災害被災地や高齢者施設をサポートするNPOで経理を担当しています。彼女は、そのNPO にふらっとやって来る「調整さん」と呼ばれる、どんな機器でも上手に調整してしまう不思議な初老の男性に出会うのです。

「事務所ではただの変なおじさんにしか見えなかった片瀬氏、拾ったお金でおしるこを買うことを楽しみに生きている不可思議な人物でしかなかった片瀬氏は、ひょっとすると自分よりずっと豊かな世界を持った人なのかもしれないという気がしてきた。少なくとも、ピアノが弾けるし」。

「金は私の人生を壊し、仕事を奪い、家庭を失わせました。こんなにひどい目に遭わされて、まだ金を信じて崇める気持ちにはなれない。金は神様じゃない。そう思わないと、やっていけない気持ちになりました」。

「異性というものが謎の存在であるという一点については、聖子も認めざるを得ない気がした。齢50を迎えた聖子にとっても、いまだ男というのは謎である」。

「年取るのもやっかいですね。この世にはもういない人たちが、自分の心の中にだけ増えて行くから」。

「夫はそんなことには気づかずに、勝手に自分のしたい話を始めた。『情と言えば、例の『女性に関する十二章』の、<情緒について>っていう章。あれはけっこう、本質をついているよね。バカバカしい恋愛エッセイに見せかけておきながら、ただのオッサン随筆と侮れない部分がある』。むっくりと起き上がって、守(夫)は言った。『日本人が西欧型の近代主義と対峙すると、必ず情緒でひっかかっちゃう。つまり、前にきみが指摘していた、イエス・キリスト型か孔子様型かってところだけど』。『ああ、<自分のエゴも他人のエゴも肯定する>キリスト型の愛と、<他人のために自分のエゴを否定する>孔子様型の愛って話?』。『<他人のために自分のエゴを否定する>という孔子様型の愛は、自己犠牲を称揚する日本的な情緒とつながるわけだな。言ってみれば、演歌調の情緒っていうか』。・・・『日本人の情緒に沁み込んじゃってる自己犠牲的愛は、一見美しいんだけど、基本的に夫を敬え、親を敬え、国家を敬え、自分のことは犠牲にして敬えという考え方なわけだろ。これを突き詰めちゃったのが、太平洋戦争を支えた精神構造なわけで、突き詰めるとマズい方向へ行くって、この作家、何度も書いてる』。

「『個人が、自分らしい幸福を追求する権利ってことだろうね、この場合、人は、一人ひとりみんな違う。それぞれの幸福の形がある。すべての人は、何か決まった形を押し付けるべきではないし、他の人の幸福を奪わない限りにおいては、できる限り尊重して生かしあっていくのがいい。それが、民主主義っていうものの考え方なんだと、この作家は噛み砕いて説明しようとしたんだろう』。・・・守は続ける。『この60年前のベストセラー作家は必死で、一所懸命、読者に訴えたんだよ。情緒に流されたら危険だって。ユーモアに包んだ、軽妙でちゃらんぽらんにすら見えるエッセイの中で。きっと、戦時中にはまっとうな声を上げられなかった知識人の一人として、どうしてもやらなきゃって思ったんだと思うよ』」。これを聞けば、泉下の伊藤整も我が意を得たりと喜ぶことでしょう。

どうして、どうして、奥行きのある味わい深い作品です。