榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

無実なのに処刑された死刑囚の、あまりにも苛酷な家系の歴史・・・【山椒読書論(96)】

【amazon 『虎落笛』 カスタマーレビュー 2012年11月6日】 山椒読書論(96)

西村寿行のハード・ロマンはいずれも迫力があるが、『虎落笛(もがりぶえ』(西村寿行著、徳間文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は迫力というレヴェルを超えた戦慄の書と呼ぶべきだろう。

死刑執行の立会検事・郷名清史は、処刑直前、死刑囚・北岡雅成の無罪を確信する。しかし、時、既に遅し。北岡は「風が――風が――冬の、風が――」というつぶやきを遺して絞首台に散ってしまう。

職を辞し、北岡の過去を求めて探索行に出た郷名は、25歳まで無籍者であった北岡の就籍地・宮崎県延岡で、なぜか暴漢に襲われる。

「わたしは両親の顔を知らないんです。どこで生まれたかも、知らないんです。物心ついたときには、奴隷でした。どうしても奴隷ということばがわからなかったんです。主人は、おまえたちは殺してもいいんだといいました。主人の息子は、わたしを叩くことが好きだったんです。どうして、同じ年頃なのに、叩かれてじっとしていなければならないのか、わかりませんでした。奴隷だといわれても、それも、わかりません。その頃は同じ奴隷の仲間の勝と、自分たちは人間の種類がちがうのかもしらんなと、話し合いました」。

昭和の初め、4~5歳の頃、人買いに売られ、延岡で奴隷生活を送った北岡は、博多、山陰の浜田、下関、東京と放浪を続け、犯罪に手を染め、幾度となく刑務所に入れられる。

郷名の執念によって、北岡の生い立ちには、想像を絶する連綿たる暗い家系の歴史が秘められていたことが少しずつ明らかになっていく。北岡の母も、その母も奴隷の境遇に置かれていたのだ。さらに、その4代前までの苦難に満ちた女系が辿られ、調査は遂に江戸時代後期の天保年間に起こった事件に行き着くのである。それは、まさに戦慄の歴史そのものであった。