榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

この作品に、「理想の妻」を発見した!・・・【山椒読書論(616)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年11月29日号】 山椒読書論(616)

コミックス『人間交差点(11)――微笑』(矢島正雄作、弘兼憲史画、小学館)に収められている「風船」は、夫婦とは何かを考えさせられる作品である。

「確かにあなたは評判のモーレツ社員だった・・・仕事はよく出来るし、出世もひと一倍早かった。でも、それだけに、社の内外に敵が多く、一歩つまずけば、斜面を転がり落ちるような、危険な場所に立っていたわ・・・結局、あなたは仕事にも職場の人間にも、会社にも裏切られて、自殺しようとした・・・あの時、どうして家庭に戻ってこなかったの・・・家庭という存在をもっと認識していれば、死を選ぶこともなかったのに・・・」。

夫がビルの屋上から飛び降り自殺を試みてから半年後、死を免れた夫は地方の病院で過ごしている。「そして、(小さな息子にせがまれても)風船をふくらませられなくなったというだけで、あなたは親子関係を失ってしまった・・・今になれば、会社や職場の人間関係なんて、いかに空虚なものか・・・あなたにもわかったと思うわ」。

妻と医師の会話。「肉体的にはほぼ回復していると言ってもいいと思います。ただ精神的な面で、まだまだ問題が残っている。肉体は元に戻っても・・・自殺未遂による精神的なショックの方が大きいですな。なるべく、今まで以上に、奥さんやお子さんが話しかけるようにして下さい」。「話しかけたら主人に聞こえるんですか?」。「わかりません。それは今の科学でもわからんのです。ただ、人間の持っている生きようとする意志力には驚くべきものがあります。その意志に勝る治療法はないと言っても過言ではありません」。

「わかる? この写真? 8年前に結婚式を挙げた私達の写真よ。これからは私が働いて、あなたと勉の生活を支えていくわ。あなたが、私達を思いだしてくれるまで、私、頑張るわ」。

妻は、昼はスーパーで、夜はスナックで働き始める。「総てを捨ててしまっても、あなたが生きていてくれた方がいいわ…生活の為じゃなく、家族でこうやって一緒に暮らしていることだけで、十分すぎるほど、私は生きている価値を見つけた。変だけども、もしかしたら、あなたのおかげで・・・私が何の為に生きているのか、わかったような気がする」。

「まだ夫は・・・風船をふくらませることしか思い出してくれない。・・・でも・・・最初の一歩を風船から、父子は歩き始めている。生きてさえいれば・・・家族は何度でも最初から歩き出すことが出来る・・・何度でも、何度でも、やり直していくことが出来る」と、結ばれている。

心が洗われた! これぞ、私が思い描く「理想の妻」だ。