榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

人間観察にうってつけの一冊・・・【薬剤師のための読書論(13)】

【amazon 『和歌山カレー事件』 カスタマーレビュー 2014年11月5日】 薬剤師のための読書論(13)

私は、薬物が犯罪に使用された事件として、帝銀事件――1948年、青酸(シアン)化合物により12人死亡――と、和歌山カレー毒物混入事件――1998年、亜砒酸により4人死亡、63人中毒)に注目してきた。

和歌山カレー事件――獄中からの手紙』(林眞須美・林健治・篠田博之他著、創出版)には、和歌山カレー毒物混入事件に関する直近までの経緯がまとめられている。と言っても、本書は、死刑囚・林眞須美は無罪、冤罪であるという立場から書かれている。

林眞須美が真犯人か否かということは、読者各位の判断に任せるとして、私は、ページのあちこちから浮かび上がってくる林眞須美の人物像に興味を惹かれた。

「創2005年8月号」に掲載された林眞須美の手記から。「重大事件の犯人として逮捕され、裁判でも『有罪死刑』と言われ、現在に至っていますが、今でもこの現実を信じられない気持ちです。私は逮捕以来、裁判所が正しく判断してくれると信じて、4年間、和歌山の拘置所で自分に自信を持ってすごしてきました」。「私自身は、カレー事件に関係していないので自信を持っています。事件当日、一緒にいた4人の子供の目が私の無実を証明してくれています。1審判決を聞きながら、裁判自体がバカらしいことだと思い、主人やマージャンメンバーについて述べたところでは笑えてきそうになりました。裁判官といえど人間のすることは所詮しれている、神様じゃないと・・・」。

「創2005年11月号」の手記では。「頭の中で、朝10時にホットコーヒータイムでお菓子を食べてのんびりすごし11時30分からの一番楽しみなFMラジオ聞いてすごしたいなあ、服着がえて、この部屋を8時50分頃に出て(2審判決が下される法廷に)行くのも、しょうもないしうっとうしいことやなあ、とも思いました。まあ明日6月28日朝起きた時の気分で決めよう、と思いながら夕食を食べていましたら、着信の手紙が届きました。私のことをよく知っている、子供からと友人からでした。『6月28日明日、必ず出廷して』と書かれていました。私が当日の朝、すっぽかすかわからんからと、もう見抜かれてて、前日の6月27日着の手紙で念を押してきたのです」。「6月27日の夜には、あ~あ、もう明日の判決日は絶対にすっぽかせんわと思いつつ、夜9時には、もうぐっすり眠っていました」。「高等裁判所の仮カンにつきクーラーのかかった部屋にはたくさんのいろいろな本が10冊ぐらいいつも置いてあり、快適タイムです。私は、背広をぬぎ座布団と毛布をしき、お茶を飲みながら寝っころがって花の本と料理のマンガの本を見て過ごしていました」。「内心は『あ~あ、やっぱり出廷しても何も意味なかった。今頃10時すぎで、ホットコーヒータイムでお菓子食べてすごしとけばよかったなあ』と思い、早く終わるのを、まだかまだかと左隣の職員の右手首の腕時計をもう何十回見たことか、わかりません。11時になった時、『まだかかるんかなあ、まだ終わらんのかなあ』、『もう気分悪いゆうて帰ろうかな』と思いつつ、そんなことしたら、またマスコミに山ほど書かれるしと思い、早く終わってもらわないと、11時30分からのFMラジオの私の1日の中で一番の快適ラジオ聴取の時間に間に合わないし、買ってるカルピス味のアイスもとけちゃうよ~なんて思っていました。読み上げる文章に、もうあきれかえりつつ、私の頭の中を舞っていたのは、なんと『ろくでなし』の音楽でした。いつも私の女性の友人がダンス教室の先生で、もう70代なのに、この歌を大変ニコニコと愉快に、踊りながら歌っていたのを思い出しながら、私の頭の中でもほんまに、ええかげんにしてよ、『ろくでなし~』『ろくでなし~』『パパラパ~』と歌が舞ってました。そうこうするうち、11時15分、20分と時計は回り、30分までかかりました。私は12時のニュースに間にあうように早く帰りたいと思っていました。最後に『被告人前へ』で何か最高裁に上告できるというようなことを言ってたと思いますが、私の頭の中は室内に早く戻りたい気持ちばかりで、大声で『ハイ』『ハイ』と言ってすぐに急ぎ足で後ろの時計を見て、アッこれだったら間にあうと思い退廷しました。傍聴席から『(殺された)娘を返せ!』と叫んだとか報道されていたとのことですが、私には何も聞こえませんでした。私の頭の中は、これでもうここにも来なくていいというのと、早く12時のニュースに間にあうようにすっとんで帰りたいという思いばかりでした」。「最後には裁判官3人の名前がワープロ打ちで、押印なしときて、ゲエーこれが、命とひきかえの『有罪死刑』の判決文なのかと、驚くばかりでした。いまだに内容は見る気せずでゴミ箱の上のバケツ台につっこんだままで、ちり紙と共に廃棄種類の下じきになっています」。

「創2009年6月号」に寄せられた、最高裁で死刑判決が確定した直後の林眞須美のメッセージ。「本日、最高裁判決がありましたが、私は殺人の犯人ではありません。私はカレー毒物混入事件には全く関係しておりません。真犯人は別にいます。全ての証拠がこんなにも薄弱であって犯罪の証明がないにもかかわらず、どうして 私が死刑にならなければならないのでしょうか。もうすぐ裁判員制度が始まりますが、同制度でも、私は死刑になるのでしょうか。無実の私が、国家の誤った裁判によって命を奪われることが悔しくてなりません。1男3女の母親として、この冤罪を晴らすために、これからも渾身の努力をしていきたいと思います」。

読書、執筆、ウォーキング、バードウォッチングだけでなく、人間観察も私の趣味であるが、この本は人間観察にうってつけの一冊である。