貧しい生活の中でも楽しみを見出す名人・・・【薬剤師のための読書論(9)】
たのしみはそぞろ読(よみ)ゆく書(ふみ)の中(うち)に我とひとしき人をみし時――幕末の歌人・国学者、橘曙覧(たちばなのあけみ)の歌集『独楽吟(どくらくぎん)』に収められた52首の中で、私の一番好きな和歌である。
「たのしみは艸(くさ)のいほ(お)りの莚(むしろ)敷(しき)ひとりこころを静めを(お)るとき」、「たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ(い)頭(かしら)ならべて物をくふ(う)時」や、ビル・クリントン大統領がスピーチに引用した「たのしみは朝おきいでて昨日まで無(なか)りし花の咲ける見る時」のように、曙覧は貧しい生活の中でも楽しみを見出す名人であった。
『楽しみは――橘曙覧・独楽吟の世界』(新井満著、講談社)は、52首に現代語訳が添えられている。例えば、「たのしみはそぞろ読ゆく書の中に・・・」の訳は、「たいして期待もせずになんとなく読みすすめていた書物の中に、おや? 自分と同じ思想や志をもった人間を見つけることができた。たのもしいではないか。ああ、こんな時なのだよ。なんともいえずうれしく楽しい気分になるのは・・・」となっている。
巻末の「『独楽吟』の世界を探検してみよう」は、曙覧という人物を理解するのに役立つ。彼は1812年に生まれ、亡くなったのは、明治と改元される10日前のことであった。「権力や名声や地位や出世や財産などを全て断念する生き方を、あえて選んだ。なぜだろう・・・? そのようなものを欲しがる執着を捨てさることによって、こだわりから解放されて、自由な境地を得たかったからである。・・・友人たちとの交流を楽しみ、日常生活のあちらこちらにひそんでいる小さな変化を発見しては楽しむ『幸せさがしの達人』でもあった」。
本書は、仕事に追われストレスが溜まっている人の癒やしとなるだろう。
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