榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『平家物語』を身近に感じさせてくれる吉村昭の現代語訳・・・【情熱的読書人間のないしょ話(972)】

【amazon 『平家物語(上)』 カスタマーレビュー 2017年12月20日】 情熱的読書人間のないしょ話(972)

街には大きなクリスマス・ツリーが飾られていますが、我が家では、ぐっと地味な女房手製のタペストリーとリースが掛けられています。上下巻で厚さが7.2cmある『スターリンの娘――「クレムリンの皇女」スヴェトラーナの生涯』を一気に読み終わりました。因みに、本日の歩数は10,618でした。

閑話休題、吉村昭が少年少女のために現代語訳した『平家物語(上)』(吉村昭著、講談社・21世紀版 少年少女古典文学館)を手にしました。

『平家物語』の有名な冒頭部分の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあわはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」は、「祇園精舎の鐘の音には、諸行無常の響きがある。栄えた者も、おごりたかぶればかならずほろびる。それは、吹く風の前のちりのように吹きとんでしまう。まことにはかなく、それが世の習いなのだ」と訳されています。

「富士川の戦い」には、こういう一節があります。「大将軍の(平)維盛は、関東のことに精通している長井の斎藤別当実盛をよび、『実盛よ。おまえほどの強い弓をひく侍は、関東八か国にどれほどいるか。いないであろう』とたずねた。実盛は、わらって首をふった。『わたし程度の者は、関東にはいくらでもおります』。・・・実盛のこのことばをきいて、平家の兵たちは、みなふるえおののいた」。

「近くの宿場宿場からよびよせてあった遊女たちは、ある者は頭を馬にけられてわられ、ある者は腰をふみおられて泣きさけぶ。・・・東海道の宿場宿場からよびよせられていた遊女たちは、『なんたることでしょう。平家の軍勢が、矢ひとつも射ずに都へ逃げかえったとは、まことに情けない。水鳥の羽音におどろいたなど、戦では見逃げということさえだらしがないというのに、これは聞き逃げでしょう』とわらいあった」。

「倶梨迦羅の戦い」でも、実盛が登場します。「実盛は、戦う意志はあったが、長い戦いでつかれはて、そのうえ、老武者であったので手塚(光盛)に組みふせられた。そこに手塚の家来がやってきて、実盛の首をかき切り、木曽義仲のもとに走って首を見せた。・・・義仲は、『まちがいなく斎藤別当実盛であろう。実盛は、わたしが幼いときに見たが、白髪まじりであった。それから何年もたったからすべて白髪になっているはずなのに、鬢やひげが黒いのはおかしい。実盛をよく知っている樋口の次郎なら、すぐにわかるはずだ。樋口をよべ』と命じた。やってきた樋口の次郎は、ひと目みただけで、『ああ、痛ましい。斎藤実盛どのです』といった。『しかし、七十歳以上であるのだから白髪になっているだろうのに、鬢やひげが黒いのはどうしたわけだ』。義仲がいうと、樋口の次郎は涙をはらはらとながした。『そのわけを申しあげますが、あまりにもあわれで涙がこぼれます。実盛どのは、わたしにむかっていつも話しておりました。<六十歳をすぎて戦場におもむくときは、鬢やひげを黒く染めて若く見せようとしている。なぜかというと、若い武者たちに老武者とばかにされるのが口惜しいからだ>と。ほんとうに染めていたのですね。髪を洗わせてみたらいかがです』。洗わせてみると、たしかに白髪になった」。

本書は、『平家物語』を身近に感じさせてくれます。