ネアンデルタール人が絶滅し、ホモ・サピエンスが生き延びた本当の理由・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1113)】
散策中、紫色の花が美しいムラサキツユクサを見つけました。キスゲ(ユウスゲ)が黄色い花を、イモカタバミが桃色の花を、ナスタチウムが黄色い花を、シレネ・アルメリアが赤い花を咲かせています。
閑話休題、『絶滅の人類史――なぜ「私たち」が生き延びたのか』(更科功著、NHK出版新書)は、人類の進化について、現時点における最新の知見を得るのに最適な一冊です。情報や知識といったものは、ちょっと油断すると古びてしまうからです。この点で、著者の執筆姿勢には好感が持てます。ある事項について、現在は専門家の間ではこう考えられているが、未だ確定的なことは言えない、このことを踏まえた上で、私自身はこう考えていると、率直に表明しているからです。
「ホモ・ハイデルベルゲンシスの一部の集団が、およそ40万年前にアフリカを旅立った。アフリカの外に出た集団のさらに一部は、ヨーロッパに移住した。そして、ヨーロッパに移住した集団からはネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)が進化し、アフリカに住み続けた集団からはホモ・サピエンスが進化した。それが、約30万年前~約25万年前のことである。この2種の人類は、それからしばらくは出会うこともなく、ヨーロッパとアフリカという別々の場所で暮らしていた。しかし、その後、ホモ・サピエンスの一部の集団がアフリカを出ることになり、その中にはヨーロッパへ向かう集団もあった。そして、数十万年の時を経て、2種の人類は再会することになる。およそ4万7000年前のことであった」。人類の進化史上、ホモ・ハイデルベルゲンシスがキーになる存在だということが分かります。
「約5万年前に、ホモ・フロレシエンシスが絶滅した(かつては、1万数千年前に絶滅したと言われていたが、その年代は修正された)。約4万年前に、ネアンデルタール人が絶滅した(以前は、絶滅は約3万年前と言われており、場合によっては、約2万数千年前まで生き残っていたという説もあったが、これまでの年代測定値が複数の研究によって見直され、約4万年前までに絶滅したことが、ほぼ明らかになった)。その前後に、デニソワ人が絶滅した。そして現在、生き残っている人類は、私たちホモ・サピエンスだけになってしまった。もし、私たちが他の人類を虐殺したのでないとすれば、どうしてみんな絶滅してしまったのだろうか」。
「人類は、昔から協力的な社会関係を発展させてきた。特にホモ・サピエンスでは高度な言語が発達して、以前の人類よりも、桁違いに高度な社会を発展させることができた。そういう社会を作れれば、他の人類よりも有利になったことは間違いない。でも、それだけだろうか」。
「結局、生物が生き残るか、絶滅するかは、子孫をどれだけ残せるかにかかっている。だから原因が何であれ、ネアンデルタール人の子供の数より、私たちの子孫の数が多かったのは間違いない。子供を産める女性がたくさんいたのかもしれないし、産んだ子供があまり死ななかったのかもしれない。でもそれ以上に、1人の女性がたくさんの子供を産めた可能性が高い」。この指摘は注目に値します。
「地球は広いけれど、その大きさは有限である。・・・旧ソ連の生態学者であるゲオルギー・ガウゼは、『同じ生態的地位を占める2種は、同じ場所に共存できない』というガウゼの法則を示した。・・・人類が増えることによって、地球は相対的に小さくなった。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は共存できない運命だったのかもしれない」。
「おそらくネアンデルタール人は、寒さとホモ・サピエンスのために絶滅した。ホモ・サピエンスの、動き回るのが得意な細い体と、寒さに対する優れた工夫と、優れた狩猟技術は、ネアンデルタール人にないものだった」。
本書によって、最新情報・知識に触れることができます。
「正確に言うと、恐竜は絶滅していない。鳥は小型の肉食恐竜の子孫なので、系統的には完全に恐竜である。・・・二足歩行の小型肉食恐竜から、鳥は進化したのである」。
「今のところ知られている最古の化石人類は、約700万年前のサヘラントロプス・チャデンシスである」。
「確実とは言えないが、直立二足歩行が進化した理由としては、現在のところ食料運搬仮説がもっとも可能性の高い仮説と言ってよいだろう」。
「ヒトは、他の個体に子育てを手伝ってもらうことによって、他の類人猿より子供をたくさん作れるのだ」。
「つい私たちは、進化において『優れたものが勝ち残る』と思ってしまう。でも、実際はそうではなくて、進化では『子供を多く残した方が生き残る』のである。『優れたものが勝ち残る』ケースはただ1つだけだ。『優れていた』せいで『子供を多く残せた』ケースだけなのだ」。
「人類がアフリカからユーラシアに広がる。そう言うと、希望に満ちた前途洋々の将来が待っているような気分になる。でも実際は、アフリカからユーラシアへ追い出されただけかもしれない」。こういう見方もできるのですね。
「この(モロッコのジェベル・イルード遺跡から出土した約30万年前の)化石をホモ・サピエンスと呼ぶかどうかには、まだ議論があるようだが、現在のホモ・サピエンスに直接つながる系統である可能性は高いと考えられる。これまでは、ホモ・サピエンスの起源は約20万年前と言われてきたが、約30万年前に修正した方がよさそうだ」。
「約20万年前にアフリカに住んでいた1人の女性が、現在のすべてのヒトの祖先であるという話がある。これはミトコンドリアDNAを調べることによって提唱された説なので、この女性はミトコンドリア・イブと呼ばれている。そこで、もしもホモ・サピエンスの起源が20万年前から30万年前まで古くなったら、このミトコンドリア・イブ仮説に矛盾するのではないかという話もある。でも、そんな心配は無用である。まったく矛盾しないのだ。というか、ホモ・サピエンスの起源とミトコンドリア・イブのあいだには、もとから何の関係もないのである。・・・あなたには親が2人いる。祖父母が4人いる。曽祖父母が8人いる。昔に戻れば戻るほど、あなたの先祖は増えていく。もしも20万年前まで戻れば、あなたの先祖は、ずいぶんたくさんになるだろう。でも、それは核DNAで考えた場合であって、ミトコンドリアDNAで考えれば、あなたの先祖は1人だけだ。そしてその人は、アフリカに住んでいたのである。・・・現在の多くの科学者は『約20万年前には、ヒトはアフリカにだけ住んでいた』と考えているし、それは正しいだろう。この仮説は、化石から推測されたものであって、ミトコンドリア・イブから推測されたわけではない。もしも、約20万年前のミトコンドリア・イブがアフリカ以外の場所に住んでいたら、この仮説は否定されただろう。でも、ミトコンドリア・イブはアフリカに住んでいた。だから、この仮説は否定されなかった。いや、むしろ確かな仮説になったのである」。ミトコンドリア・イブ仮説は揺るがないと知り、ホッとしました。
「ホモ属の時代になると、大きな脳を持つ人類が何種も現れた。そして脳の大型化は、ネアンデルタール人で最高潮に達する。平均で約1550ccの脳は、人類史上最大である。・・・一方、ヒトの脳は、1350ccぐらいが平均と言われている。私たちは2番目に脳が大きい人類ということになる。・・・でも、脳の増大はそろそろ終わりかもしれない。ネアンデルタール人は私たちより脳が大きかったし、昔のホモ・サピエンスも今の私たちよりは脳が大きかった(約1450cc)。数万年前が脳の大きさのピークで、今は下り坂に差し掛かったところのように思える。(スマホに譬えると)使わなくなった有料アプリを少し整理している時期なのだろうか」。これは、私にとっては意外な事実でした。
「もっとも気になるのは、ネアンデルタール人が言葉を話せたかどうかだろう。私たちヒトでは、FOXP2という遺伝子が、言語能力に関係していることが知られている。・・・そこで、ネアンデルタール人の化石からDNAを抽出してFOXP2遺伝子を調べたところ、ネアンデルタール人はヒトと同じタイプのFOXP2遺伝子を持っていたことがわかった。・・・さらに、喉のところに舌骨というU字型をした骨があり、その骨の形もヒトとネアンデルタール人ではそっくりだった。したがってネアンデルタール人は、かなり自由に声を出せた可能性がある。・・・したがって、ネアンデルタール人がまったく話せなかったとは考えにくい。石器と枝を組み合わせて槍を作ったり、仲間と協力して狩りをしたりするためには、ある程度は言葉を話せることが必要だ。・・・しかし、どの程度の文法を使った言葉を話していたのかは、わからない。おそらく目の前で起きている現在のことについては話せただろうが、過去のことについてはどうだったのだろうか。仮定法を使って、現実には起きていないことまで話せたのだろうか。さらに、言語は象徴化行動の最たるものである。ヒトとネアンデルタール人のあいだで象徴化行動に大きな差があったとすれば、言葉についても同様に、大きな差があったと考えるのが自然である。抽象的なこと、たとえば『平和』を、言葉を使わずに考えることはかなり難しい。ネアンデルタール人の辞書には、『私』や『肉』はあっても、『平和』はなかったのではないだろうか」。
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