榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

貴族夫人から女奴隷まで、稀代の色事師・カサノヴァの赤裸々な愛の記録・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1144)】

【amazon 『カサノヴァ』 カスタマーレビュー 2018年6月10日】 情熱的読書人間のないしょ話(1144)

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閑話休題、『カサノヴァ――人類史上最高にモテた男の物語』(鹿島茂著、キノブックス、上・下巻)は、18世紀の稀代の色事師、ジアコモ・カサノヴァの回想録を縦糸に、鹿島茂の解説を横糸に、華麗に織り上げた一大官能集大成です。

1m90cmの美丈夫で精力絶倫のカサノヴァが関係を持った女性は、貴族夫人から娼婦、女奴隷まで、年齢も少女から超熟女まで千差万別だが、誰でもいいというわけではなく、好みのタイプはあったのです。「美人で、エスプリと知性に溢れ、しかも恥じらいを含みながらも官能においてはタブーを知らないというあたりが理想のようである」。

これらの女性の中で、カサノヴァが心の底から愛したのは、弁護士の妻、ドンナ・ルクレチア、男装の麗人・アンリエット、謎の修道女、M・M、家政婦・デュボワ夫人などで、彼女たちとの出来事は力を込めて描かれています。

「このドンナ・ルクレチアこそはカサノヴァがその波瀾に満ちた生涯の中でも、最後まで深い愛と友情をもって思い出すことになる最愛の女の一人となるのである。・・・人を喜ばせる能力、これさえあれば、ローマで、パリで、ウィーンで、ベルリンで、ようするに、人が集まって社交をする場所ならば、成功は確実なのである。ただ、そうはいうものの、カサノヴァは、この能力が孤立したものであることを承知していた。もう一つの必要不可欠な能力、すなわち、どんな状況にもあわせて自分を調整する能力を持たねばならない。その能力をカサノヴァはローマにおいて得ることになるだろう。とりわけ、女との係わりを通して」。

「ことほどさように、世に楽しきもの、それは、これから素晴らしい恋が成就しそうだと予感するその瞬間の『前味』である。それは往々にして、恋の後味よりもはるかに快いものだが、しかし、結論を先に言ってしまうと、アンリエットの場合、『後味』はさらに数倍素晴らしかったのである。つまり、カサノヴァの多彩な恋愛遍歴においても、アンリエットの魅力は他を圧していたのだ。では、アンリエットの何がそれほどにカサノヴァを夢中にさせたのか? 一つには、アンリエットの正体がわからないという謎である。ミステリアスな美女ほど男心をそそるものはない。もう一つは才気である。カサノヴァが恋した美女のうちでも、アンリエットの才気は群を抜いていたようだ」。

「『二人(カサノヴァとアンリエット)は愛し合いながら寝たが、翌朝ベッドを出るときには、さらにいっそう愛し合っていた。こうしてわたしは、つねに同じ愛情を抱いて3カ月を過ごしたが、たえず愛することの幸福に酔いつづけた』」。

カサノヴァがムラーノ島からヴェネチアに帰ろうとゴンドラに乗り込もうとした時、見知らぬ女の手紙がもたらされます。それには、「ヴェネチアで夕食をなさるほうが好ましいとお思いでしょうか? でしたらその日時と、伺うべき場所をお知らせ下さい。仮面をつけてゴンドラから降りて参りますから、あなたのほうも仮面をつけ、手に蝋燭をお持ちになって、召使いも連れずに河岸にひとりでおいで下さい」と書かれているではありませんか。

「こうした手紙のやり取りを見ていると、スタンダールのいう結晶作用が双方で起こったことが観察される。すなわち、スタンダールは、会えると思っていた相手が何かの都合で会えないことが起きると、さながら塩坑の木の枝に塩の結晶が付着するように、相手の好ましいイメージが、嫉妬や猜疑心や不安や希望などの生み出す想像力によって大きく膨らみ、恋心をいっそう激しく刺激するに至るというのだが、カサノヴァもM・Mもまさにこの法則によって恋にのめり込んでいったのである。・・・快楽を大きくするには禁欲が必要というパラドックス。カサノヴァの快楽哲学とは、この香辛料としての禁欲にあるといっても差し支えないのである。・・・カサノヴァのこうした心理を読むにつけ、プルーストが『失われた時を求めて』で提起した、嫉妬は『時間と空間の病』という定義を思い出さざるを得ない。すなわち、自分の相手がこの場所にいると思ったその時間に、じつは別の場所にいたという疑念が生じたとき、人は嫉妬に心をさいなまれることになるのである」。

「『恋に燃えたつわたしは、焼けつくような彼女(M・M)の腕の中に飛びこんでいった。そして、それから7時間のあいだ、わたしは最も激しい愛の証拠を見せつけてやった。・・・わたしは彼女が信じられないようなさまざまなことをしてみせて、数多くの快楽を経験できることを教えてやったので、彼女はすっかり驚きいっていた。何をしても構わないと言われたわたしは、彼女が思ってもみないようなことまでしてやった』」。

「しばらく同じ屋根の下で暮らすうちにカサノヴァはデュボワ夫人の才気と頭のよさにすっかり魅惑されてしまった。デュボワ夫人はジョン・ロックを読み、どんな難しい哲学的な会話でもこなしたからである」。

「カサノヴァは4日間にわたる(ヴォルテールとの)会話を記憶が新しいうちにすべて書き留め、『回想録』を書くときに生かした。これは、現在、ヴォルテールの研究者にとって貴重な資料となっている」。

カサノヴァというのは、相手の女性を精神的、肉体的に喜ばせることに生涯を捧げた男だったわけです。彼の多彩な女性遍歴が羨ましくないと言えば嘘になるが、これほどの危険を冒して女性を追い求める人生には、私はとても耐えられそうにないというのが、正直な読後感です。