夫婦のあり方について問いかけてくる小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1159)】
東京・西多摩の東京サマーランドの「あじさい園」の白いアナベル(アジサイの仲間)は、まるで雪山のようです。桃色のアナベルもあります。今晩(6/25)放送されたテレビ朝日の「報道ステーション」で、ここのアナベルが紹介されました。秋川渓谷の払沢の滝は涼しさ満点です。ヤマガラの美声に聞き惚れながら山道を登っていた時、40cmほどのシマヘビと、25cmほどのミミズに出くわしました。日野の高幡不動尊の裏山はヤマアジサイの宝庫です。高幡城址はシーンと静まり返っています。因みに、本日の歩数は19,296でした。
閑話休題、『永い言い訳』(西川美和著、文春文庫)は、夫婦のあり方について問いかけてくる小説です。
大学の同級生・田中夏子と結婚した衣笠幸夫が、4年ほど勤めた出版社を辞め、作家「津村啓」という道に踏み切ったのは、美容師として頑張っている妻の後押しを受けてのものでした。
ところが、20年後には・・・。「彼女は見上げたプロだ。家庭においてもそれは崩れなかった。一体いつから、こんなに気詰まりな関係になったんだろう。何においても、お互いの言うことは全て色あせて聞こえ、どんなに新しいニュースを持ち帰っても、とうの昔に聞き飽きた話にも劣るほど、退屈させてしまうのは、なぜなのか。わずかでも互いの関心を持続できるような、さりげない会話の糸口が一つも見つからない。つい三十分前、ワインバーのカウンターで、津村啓のファンだと言って近づいてきた見知らぬ若いカップルに対しては、掘り当てたばかりの油田のように話題を吹き出させていたのに」。
旅行中のバス滑落事故で死亡したのが夏子らしいという、山形県警からの電話を受けたのは、幸夫が自宅で愛人と過ごしている時でした。
同じ事故で死亡した夏子の高校時代の同級生・ゆきの夫・落合陽一から連絡があり、幸夫と陽一一家との交流が始まります。「つくづく、こういうものの一切が、我が家には存在しない、と幸夫は思った。子供に縁の薄い生活を営む大人には、すこし気恥ずかしく、むせるように甘い匂い。この家の暮らしはすべて、子供たちが時を刻み、その中心に母親が居た。そしてときどき父親。正確な時計のように、すべての歯車がきれいにかみ合って、目に見えないくらいの進度で、しかし日々前に向かっていたのに、一番肝心の軸が、外れた。幸夫はようやく、真平が塾を辞めると言わねばならない理由が掴めた気がした」。9歳年上の看護師・ゆきと結婚した長距離トラック運転手の陽一には、事故によって、中学受験を目指す小学6年生の真平と、4歳の灯が遺されたのです。陽一は、いつまで経っても、ゆきを失った哀しみから脱け出すことができないでいます。
作家・津村のマネジメント担当者から、「およそ父性というものとは縁遠い人種だと思っていた。自己愛の度合いは激しいのに、健全な範囲での自信に欠けていて、厭世観が強く、自分よりも非力な存在のために時間を割くとか、面倒ごとを背負い込むなんて到底出来ない人種だと」思われていた幸夫が、陽一の子供たちの面倒をみると言い出したのです。
紆余曲折を経て、物語の最後に至って、幸夫は、漸く大事なことに気づきます。「自分を大事に思ってくれる人を、簡単に手放しちゃいけない。みくびったり、おとしめたりしちゃいけない。そうしないと、ぼくみたいになる。ぼくみたいに、愛していいひとが、誰も居ない人生になる。簡単に、離れるわけないと思ってても、離れる時は、一瞬だ」。「何にせよ、生きてるうちの努力が肝心だ。時間には限りがあるということ、人は後悔する生き物だということを、頭の芯から理解してるはずなのに、最も身近な人間に、誠実を欠いてしまうのは、どういうわけなのだろう。愛すべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない」。
幸夫の述懐が心に沁みます。