「悪人」天智天皇と「悪人」天武天皇の息詰まるような緊迫した関係・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1167)】
千葉・流山の「杜のアトリエ黎明」で開かれている「松尾次郎と流亭写楽写真展――さくら街道」を見てきました。「春燈」は、エドヒガンを見下ろす満天の星が素晴らしい作品ですが、私の撮影技術ではうまく伝わりませんね(涙)。「霧をまとう」は、霧雨が降る夕暮れ、一本のオオヤマザクラが佇んでいます。クマザサが群生しています。あちこちで、キノコを見かけました。因みに、本日の歩数は10,018でした。
閑話休題、『悪の歴史 日本編(上)――隠されてきた「悪」に焦点をあて、真実の人間像に迫る』(関幸彦編著、清水書院)は、「教科書に登場する人物たちの表向きの顔ではなく、枠からはみ出た姿、裏の素顔に切り込むことで、歴史上の人物を立体的に捉え直そうとする」意図の下に、蘇我馬子から羽柴秀吉まで31人を取り上げています。
本書でいう「悪」とは、単に反倫理的・非道徳的なものを指すのではなく、むしろ個性の強さで権力に抗する姿勢、あるいは権力を掌中にするための目的主義に偏した生き方を意味しています。「時代を漕ぎぬく強い精神性が、この語には宿されている」。
登場する人物の中で、スケールの大きな「悪人」として甲乙をつけがたいのは、天智天皇と天武天皇の兄弟だというのが、私の読後感です。
遠山美都男による「王位への血塗られた道程――天智天皇」には、このような一節が記されています。「『日本書紀』の叙述による限り、天智が天武殺害を企図していたというのは完全に濡れ衣である。しかし、この点だけはこれまでの事件の場合とは異なって、天智は実際には天武殺害を企図していたのではないかと考えられる。『日本書紀』は、ほかならぬ天武の命で編纂が開始されたので、天武が天智後継の座にあったとされているが、実は天武はそのような地位にあったわけではなかった。彼は『大皇弟』(偉大なる天皇の弟殿下)とよばれており、あくまで天智の後継である大友皇子や彼を中継ぎとして将来即位する予定の大津皇子や草壁皇子(いずれも天武と天智の息女とのあいだに生まれた)のための輔佐役にすぎなかった。天智はひとえに自身の血統を後世に伝えることを考えていたはずであり、それは、天智→(大友)→大津・草壁という継承ラインであった。このような構想の協力者・奉仕者にすぎない天武の翻意・変節は天智にとって許しがたい裏切りであり、天武に万が一、不審な動きが見られれば、天智としてはその命を奪うのもやむなしと考えていたのではないだろうか。・・・晩年において天武だけは絶対に許してはならぬと思いつめ、その殺害を強く望んでいたのではあるまいか。大友皇子はその天智の指令(遺詔)を受けて、早い段階から叔父との戦いの準備に着手していたと見られる。天智崩御の前後より壬申の乱はすでに始まっていたといってよい」。
松尾光の「空前絶後の簒奪王――天武天皇」は、こう指摘しています。「天武天皇(大海人皇子)の犯した悪事とは、ずばり、国家に対する謀反・反乱である。・・・天皇に対する殺人および殺人予備の罪である。・・・その大罪を、たった一人だけ、犯したにもかかわらず罪に問われなかった人がいる。それが天武天皇である。理由は、罪を犯し通すことで、罪を問われる側でなく、罪を問う側に立ってしまったからである」。勝てば官軍、というわけです。
「大海人皇子にとって幸いなことに(大友皇子を後継者にしたい)天智天皇は病気にかかり、国政を執れなくなった。大海人皇子を政治的に抹殺する機会を、作ることも掴むこともできなくなった。大海人皇子を謀反人に仕立てる最後の機会が病気を見舞ったときで、『あとを頼む』といわれたときに『はい』と答えさせることだった。それを事前に察知した大海人皇子は、・・・いち早く近江を脱け出してしまった。殺意を懐いた者同士での、喰うか喰われるかの腹の探り合いだったわけだ」。
「次期天皇への野望などなく、兄の病気平癒を願って俗世の望みを捨てて吉野宮に籠もった。政治的には無為な出家者として生きようとしているのに、野心を懐く者と見なして生命を狙ってくる。この理不尽な攻撃から自分と家族を守るため、やむをえず決起した。挙兵してみたら同情か本人の権威・人望のせいで多くの味方が付き、天も味方して近江政権を倒せた。それが『日本書紀』の書きようである」。『日本書紀』は天武を悪く書くわけにはいかないのです。まして、謀反人であったなどとは、口が裂けても言えません。
「(壬申の乱は)間違いなく大海人皇子側の仕掛けた国家転覆を目指した戦争つまり謀反だったのである。しかも、これは咄嗟の自己防衛でなく、計画をかねて練っていたことが露見している。・・・謀反計画に全く気づかなかった近江朝廷が受けて立った。倭京とその周辺を抑えられ、喉元に刃を突きつけられた状態で、近江朝廷は抵抗した。しかし及び腰の軍では大海人皇子に勝てなかった。そういうことである」。
「悪人」天智と「悪人」天武の息詰まるような緊迫した関係が生々しく伝わってきます。
歴史の鼓動が感じられる一冊です。