榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

紫式部が『源氏物語』を通じて、世の女性たちに教えたかったこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1216)】

【amazon 『源氏物語の教え』 カスタマーレビュー 2018年8月22日】 情熱的読書人間のないしょ話(1216)

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閑話休題、『源氏物語の教え――もし紫式部があなたの家庭教師だったら』(大塚ひかり著、ちくまプリマー新書)が類書と異なるのは、本書が著者特有の視点から書かれているからです。その視点は、3つに整理することができます。

著者特有の視点の第1は、紫式部がずっしりと感じていた身分的な悔しさを全ての基底に見ていることです。紫式部は中宮彰子の女房だが、彰子の父で時の最高権力者・藤原道長の召人(女房として仕えながらセックスの相手もする者)だったと断言しています。

紫式部と同じ受領階級の娘の明石の君が、身分以上の結婚と出世を勝ち取った物語の中で、紫式部は自身の果たせなかった夢を実現させているというのです。「明石の君は、源氏の妻たちの中で最も身分の低い女である。にもかかわらず、源氏の邸宅・六条院は、のちに彼女の子孫で埋め尽くされることになるという、物語随一の玉の輿と出世を果たした人でもある」。

明石の君が成功した要因は、次のようにまとめることができます。①自分をよく知っている、②自分を大事にする、自分だけでも自分のことを尊重する、③たとえ相手が源氏のような高貴な男性でも、言うべきことはしっかり言う、④明石の君が源氏との間に儲けた明石の姫君が11歳で東宮に入内した時、自らは乳母的存在に徹し、晴れがましい母親役は養母の紫の上に譲るというような聡明さを持っている――の4つです。

「自分を大事にする人は他人にも大事にされ、自分を大事にしない人は他人にも大事にされない。紫式部は明石の君や紫の上を通じて、そう女子に教えているのである」。「紫式部は、現代の精神医学や心理学で強調されている自己肯定の大切さを、千年以上前に気づいて教えてくれるのだ」。

視点の第2は、紫式部は彰子の家庭教師役を務める女房であったが、それに止まらず、紫式部を世の女性たち、並びに現代の読者の家庭教師と見做していることです。『源氏物語』は、その教科書という位置づけです。

「紫式部は、(自分の)娘をはじめとする、とりわけ受領階級の女子たちに、『源氏物語』を通じてこう言いたかったのだ。『この世にはこんな差別的な男がいるんだよ。どんなにイケメンで社会的地位が高くても、大貴族の中にはあなたを人間扱いしない男がいるんだから、気をつけて』と。『大貴族』ということばを除けば、現代にも通用する教えであろう」。

「現代の私たちには一見無縁に思えるものの、自分の決めた相手を親に『物足りない』とか『学歴がどうの』『家がどうの』と反対されることはあろう。そこで親の言いなりにならず、自分の遺志を貫くのが大事なのである。親は子供の人生で自分の欲望を満たそうとするものだ。だが、その結果に対しては責任を取ってはくれない。『あの時、あの人と結婚していれば』『あの時、親の意見に従わなければ』と、後悔するのはあなたなのだ」。自分の幸せは、自分で決めろというのです。

視点の第3は、宇治十帖の登場人物たちを「ダメ人間」と断じ、ダメ人間代表の浮舟を通じてダメ人間からの脱却方法が示されていると見ていることです。浮舟を愛する薫は、一般的には誠実な男性と見られているのに、著者は、薫にもダメ人間の烙印を押しています。「『ダメ女』が苦難を乗り越え、生き延びるにはどうすればいいか。どうすれば幸せになれるのか。私がそれを書かねば誰が書くだろう。そう考えて綴られたのが、宇治十帖であったに違いない」。「(宇治十帖について)紫式部ははっきり、『これはダメ女の物語なのだ』と読者に宣言する。私はもう理想の女は書かない。豊富な財力と人を投入して育てられた権力者の娘より、恵まれない女が優れているなどという夢物語はもう書かない。自分をだまして犯す男に惚れるようなふがいない女、はっきり男をはねのけられないような気弱な女、人に侮られるようなダメ女が、どうやって自分を取り戻し、幸せを感じるようになれるのか。紫式部の追究は続く」。著者は、もう紫式部になり切っています。

「浮舟は物語に突如、何の伏線もなく現れる。・・・浮舟は、親王の高貴な血を引きながらも、女房を母、受領を継父とする、物語で最下層のヒロインなのである」。

「ヒロインとしては物語史上最低の身分、ぐずぐずした性格の『ダメ女』浮舟は、不幸や災厄をその身に集めて水に流す人形(ひとがた)に重ねられて登場。人形よろしく宇治川の流れへ身を投じ、自殺を試みた末に、それまで現れたどの女君とも別種の、結婚しない道を選んで、よみがえる。その過程で、紫式部は数多くの『ダメ女』への教訓を披露している」。

「作者(紫式部)は、どんなダメ人間でも、人に侮られた人間でも、『生きる価値がある』と、命に軽重があった身分社会の時代に、声高らかに宣言するのである」。

「自分ではどうにもならない宿世や、他人が判断する『幸ひ』がその人の価値を決めていた当時、紫式部は自分自身で感じる『幸福感』こそ大事なのだ、と教えている」。

紫式部の教えは、女性だけでなく、男性にも有益なことは言うまでもありません。