都会で体調を崩し山村に逃げ込んだ夫婦が、自宅に開設した図書館・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1692)】
三共の北九州出張所時代の後輩・髙崎政弘君の招待で、静岡・熱海の「ATAMIせかいえ」に一泊しました。部屋の源泉掛け流しの露天風呂から日の出を眺められたこと、吉田亘料理長の日本料理を堪能し、八木原弥紀さんのおもてなしに感銘を覚えたこと、長年に亘り世話になってばかりの女房孝行ができたこと(しかし、お宮の松までの往復30分の石段の上り下りで、女房の膝が笑う状態になってしまいました<涙>)――で、心に残る旅行となりました。因みに、本日の歩数は19,595でした。
閑話休題、『彼岸の図書館――ぼくたちの「移住」のかたち』(青木真兵・青木海青子著、夕書房)は、兵庫県の街での生活で体調を崩し、ほうほうの体で奈良県の東吉野村という山村に逃げ込んだ夫婦が、自宅に「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」という図書館を開いた「実験」の中間報告です。そして、この「実験」によって、夫婦が元気になっていった「リカバリーの物語」でもあります。
内田樹と青木真兵の対談に、このような一説があります。「●内田=世の中を見ているとわかるけど。人文知が要求されるのは、混乱期なんだよ。自分たちの暮らしている社会基盤の足元が崩れてきて、価値観が揺らいでくると、不思議なもので、みんな『命とは何か』とか『愛とは何か』とか『国家とは何か』とか『貨幣とは何か』とか、根源的なことを考え始めるんだ。●青木=既存の価値観を問い直すような。●内田=そうそう。社会が安定していて順調に豊かなときには人間って、株価がどうかとか、今朝の体重は何キロだかとか、そういう数値的な考量可能な。目先のものに『ものさし』を当てるようになる。ところが非常時になると、この先何が起きるかわからなくなる。そうなると、ものの見方が大づかみで、根源的になる。国民国家が液状化してきたら、どうしたって『国家ってなんだろう?』という問いが現れてくる。・・・だから、今、政府や財界が『人文学は要らない』と言うのは末期的な症状だと思うよ。人文学というのは非常時の学問だから、移行期や混乱期や激動期を生き抜くためには絶対に必要なものなんだけど、それを『要らない』と言い出した。『すぐに換金できる実学だけやっていればいい』と言い出した。これは彼らが正常性バイアスに呪縛されていて、今が移行期・激動期だという現実認識そのものを失っているということなんだよ。末期的なんだ」。人文学は、非常時に必要な学問だというのです。
青木海青子は、こう綴っています。「『夢』や『自己実現』、『趣味』という言葉は、確実に生存が保証された状態の人が、その先に望むもののような気がします。けれど私たちにとって村に住まうことは、自分たちの生を何とか生きていくための必要条件でした。自分たちの引越しを、あり合わせのラベルを使わず形容するとしたら、『命からがら、逃げ伸びた』がふさわしいと思います。東吉野に引っ越して4年目に入った今、ようやく言葉にすることができました」。
真兵は、こう語っています。「ぼくらの『ルチャ・リブロ』も、土と切っても切れない関係にあります。『ルチャ・リブロ』に来る人は、まず橋を渡らなきゃいけないんですよ。渡った先には杉並木があって、それを越えた先にうちがある。この『橋を渡る』というのがすごく象徴的だと思っていて、彼岸と此岸、こっちの世界と向こうの世界を川が分けているんです。図書館があるのは向こうの世界、彼岸です。『ルチャ・リブロ』は、現代の価値観が通用しない、違う価値観が働きうる場所、『彼岸の図書館』というコンセプトなんです」。
真兵曰く、「ぼくは東吉野村に引っ越してとても健康的になりました。いや、本当ですよ。風邪を引きにくくなったり、偏頭痛にならなくなったり、お肌もツヤツヤになったり、神戸に住んでいた頃のぼくは『体が弱い』『不健康』でおなじみだったのですが、今ではみんなが『元気になった』と言ってくれます。やっぱりおいしい空気、キレイな水、豊かな緑に囲まれた生活はいいですね。でもそれさえあれば万事解決!なのでしょうか。ぼくはもうちょっと違ったポイントがあるのではないかと思っています。・・・東吉野村での生活をかつて暮らした都市での生活と比べたとき、最も大きな違いは『生物種の多さ』です。村にはとにかく虫がたくさんいて、家の中だろうが外だろうが、気にせず歩いたり飛び回ったりしています。・・・この『生物種の多さ』は、ぼくになぜか安心を与えてくれました。・・・花や草木、犬や猫、虫や鳥。生命力を持った存在である人間も、彼らと本質的には同じです。この自覚が日々の生活の中で高まっているからこそ、ぼくは心身ともに健康になったのかもしれません」。著者の環境ほどではないが、私も「生物種の多さ」の中で生活しているので、著者の言いたいことがよく分かります。
開館して2年半後の図書館の状況は「蔵書には歴史や文学、思想、サブカルチャー、山村で暮らすための本など、2000冊以上があります。現在の会員数は100名程度。2017年はのべ400名がご来館くださり、貸出は200冊ほどありました。お金持ちではないぼくたちが、なぜわざわざ自宅を開放し、図書館などという『お金の儲からない活動』をしているのか」。本書には、この答えが書かれているのです。