榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

観覧車が最上部で突然止まってしまったような感覚がまとわりつく小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1949)】

【amazon 『犬婿入り』 カスタアマーレビュー 2020年8月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(1949)

ノシメトンボの雄(写真1)、雌(写真2)、アオイトトンボの雌(写真3)、シジュウカラの若鳥をカメラに収めました。タカサゴユリが花を咲かせています。

閑話休題、『犬婿入り』(多和田葉子著、講談社文庫)に収められている『犬婿入り』は、観覧車に乗ったら、普通なら、とてもあり得ない出来事が見えたり、嗅いだことのない臭いが漂ってきたりして、いったいこれはどうなっているんだろうと思っていると、ちょうど最上部に来た途端に観覧車が止まってしまい、あれ、どうしたんだろうと戸惑っているうちに、あり得ない出来事の当事者たちはどこかへ姿を消してしまったので、その後の展開は分かるはずもなく、それよりも、自分はここから地上に無事降りることができるのだろうかと、きょろきょろ周りを見回さざるを得ないような、そんなふうな小説といったら言いのか、それさえも自信を持ってそうだとまでは言えないのではないか、そんな不安定な感覚にまとわりつかれて、その感覚が身体にべっとり貼り付いて、容易には剥がせない、そんな何とも困った小説と言ったらいいのでしょうか。

こういう、文字どおり、宙吊り状態に読者を放置することに愉しみを見出している作家は、してやったりと、きっとほくそ笑んでいることでしょう。

「膣に、つるんと滑り込んできた、何か植物的なしなやかさと無頓着さを兼ね備えたモノに、はっとして、あわてて逃れようとして、からだをくねらせると、男は、みつこのからだをひっくりかえして、両方の腿を、大きな手のひらで、難無く掴んで、高く持ち上げ、空中に浮いたようになった肛門を、ペロンペロンと、舐め始めた。その舌の表面積の広さや、ゆたかにしたたり落ちる唾液の量、そして激しい息づかい、どれを取っても、文字通り<人並み>ではなく、しかも、みつこの腿を掴んだその大きな手は、この猛暑の中、少しも汗ばんでこないし、震えもせず、随分長いことそうしていたが、そのうちやっとみつこを抱き起こしてその顔を覗き込んだ黒目の中は静かで、額にも鼻にも汗の粒ひとつ見えず、髪の毛はとかしたてのようにきちんとしているので、みつこが思わず手を伸ばしてその髪の毛に触れてみると、タワシの毛のように堅く、その下の膚は牛皮のように強くなめらかで、みつこは魅せられたようにその頭を撫で回していたところ、男は何も言わずしばらく真面目な顔をしていたが、突然、下半身に何もつけていないみつこをそこに残して台所へ駆け込み、もやしを炒め始めた」。

突然、一人暮らしの家にやって来て、こういう振る舞いに及ぶ若い男と共同生活を始めてしまう、39歳の北村みつこという女性に会ってみたいと思う私も、かなり変な人なのでしょうね。