帝国図書館は、熱心に通ってくる樋口夏子に恋をした・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1999)】
ヒガンバナが陽に照らされています。トケイソウが花と実を付けています。ツチイナゴ(写真3、4)、オンブバッタの雌(写真5)、エンマコオロギの雌(写真6)をカメラに収めました。キンモクセイの芳香が我が家を包んでいます。
閑話休題、『夢見る帝国図書館』(中島京子著、文藝春秋)は、私のような図書館好きには堪らない作品です。
「喜和子さんと知り合ったのは、かれこれ十五年ほど前のことだ。わたしが小説家になる以前のことで、出会った場所は上野公園のベンチだった」と始まります。
この喜和子さんという六十歳くらいの白髪の女性は、突拍子もない服装をしていて、図書館が好きで、本を読むのが好きなようだが、もう一つ得体の知れないところがあるのです。付き合うにつれて、「わたし」は喜和子さんのオリジナリティ溢れる精神世界、豊かで深い内面世界に惹かれていきます。
物語の前半は、わたしと喜和子さんとの断続的な交流が淡々と綴られていきます。喜和子さんの死後は、霧に閉ざされたような謎多き喜和子さんの過去を辿ることが中心テーマになっていきます。まるで推理小説のような趣です。
そして、所々に「夢見る帝国図書館」という小説が、25回に亘り挿まれています。わたしは喜和子さんから帝国図書館の歴史みたいな小説を書いてほしいと頼まれていたのです。
その中で、私たちの知らない帝国図書館の歴史が次々と明らかにされていきます。
「もし、図書館に心があったなら、樋口夏子(一葉)に恋をしただろう。そのうら若き女性は、ある時期から頻繁に図書館を訪れるようになった。ひどい近眼のくせに、けっして眼鏡をかけようとしない頑固な一面を持つ彼女の目に、建物全体は、あるいはぼんやりとしか映らなかったかもしれないが、図書館のほうに目があったなら、その両眼はつねに彼女に釘づけになっていたに違いない。・・・図書館には鴎外も漱石も露伴も来た。徳冨蘆花も島崎藤村も通った。田山花袋も日参した。およそ明治の文学者で上野の図書館に行かないものはなかった。けれども、誰がなんと言おうと、図書館がもっとも愛したのは、この、肩こりで近眼の、金の苦労の絶えなかった、薄命の女流作家であるに違いない」。
和辻哲郎、谷崎潤一郎、菊池寛、芥川龍之介、宮沢賢治、吉屋信子、中條(宮本)百合子、林芙美子、山本有三も帝国図書館に通ったと書かれています。
「帝国図書館は、敗戦の年から二年と数か月の間だけ、『オキュパイド・ジャパンの帝国図書館』として存在した。これはそんな、占領下の図書館の話だ。昭和二十一年二月四日、一台のジープが上野の山を上ってきた。ジープは帝国図書館の前に停まる。運転手と車を待たせて、若い女性が一人降りてきた。つややかな黒髪に、彫の深いエキゾチックな顔立ちをしていた。彼女は、当時日本にいた約二十万人のアメリカ軍人のうちの一人で、その二十万のうちのたった六十人の女性軍人の一人でもあった。前年のクリスマスに来日し、民政局に配属されたばかりだった。『憲法関連の本を探しているのですが』。・・・連合国軍最高司令官総司令部に勤務する職員として、帝国図書館は、二十二歳になったベアテ(・シロタ)をその懐に受け入れた」。このベアテ・シロタこそ、日本国憲法のGHQ草案作りで大きな役割を果たした人物、その人なのです。