榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

映画1000作品に対する淀川長治の評価に感心したり、がっかりしたり・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2331)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年9月4日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2331)

ハス(写真1)の花床が育って種ができています。キノコ(写真2)をカメラに収めました。

閑話休題、『淀川長治映画ベスト1000(決定版 新装版)』(淀川長治著、岡田喜一郎編・構成、河出書房新社)で取り上げられている映画1000作品に対する淀川長治の評価には、興味深いものがあります。

さすが淀川と、その読みの深さ、目の付け所に脱帽のコメント――。

●『愛と野望のナイル』
「この映画はものすごい探険映画で終わるかと思ったら、そこからが怖くなるんです。・・・ただのジャングル映画じゃあなかった。人間のほんとうの悲しい姿が出てくる。そして、どんな形で幕を閉じるのか。なんとも知れん悲しい男二人のドラマを見せます。ドキュメンタルなジャングルの姿で、中身はニューヨークのブロードウェイの舞台劇のような男二人のドラマ。びっくりしました。ほんとうの映画とはこれですね」。

●『アラビアのロレンス』
「実はこのロレンスはホモセクシャルなんですよ。潔癖に育ち、内気でものが言えない。だから軍人に憧れたのね。そして彼がいちばん信用したのはアラビアの太陽と汚れなき砂。これほど純粋なものはないと思ったからなんですね。ロレンスのような考え方を持っている方はホモセクシャルなんですね。壮大なドラマとしても見事な作品ですが、ロレンスの人間像をじっとごらんなさい」。

●『カサブランカ』
「実はバーグマンは『ジキル博士とハイド氏』で酒場女をやって失敗していたの。それでワーナーがこの作品で主演させた。もともとはラナ・ターナーの役だったの。しかし、彼女はこの映画で永遠の生命を持ちました。品格あり、哀愁あり、美しさに溢れ、彼女以外この役は考えられないほどの当たり役となったんですね」。

●『ピアノ・レッスン』
「なぜこの女がピアノを手から離すことができないのか。この女は気取って上品ぶっているけれど、10歳の女の子がいるんだからセックスの経験はあるんですね。どうして生まれたのか。あるいは男に捨てられたのかは説明されていません。『欲望という名の電車』のブランシュとよく似た女ですね。結局この女は島の無学な男に抱かれて、初めて本心をさらけ出して女の幸せを掴みました。船で帰る途中、ピアノが船から落ちました。このピアノ、これは男の性器だったんです。だから男の性器代わりのピアノは不用になったんですよ。ピアノから人間の男を掴むあたりがこの映画のポイントですよ。いかにも女の映画ですね」。

●『ライムライト』
「チャップリンが死顔を見せたのは全作品中でこれだけです。もうチャップリンは自分の映画をあきらめたのでしょう。だから死んだんですね。実はこの映画の撮影中、チャップリン追放の動きがあったんですね。だからこの映画には長い映画生活の最後と、私生活でのアメリカでの最後がしみこんでいます。足を痛めたバレリーナを愛をこめて元気づけて、ついに立派に舞台で踊らせて、チャップリンは去っていきました」。

いくら淀川でも、それはないんじょないと言いたくなるような、私としては納得できないコメント――。

●『シンドラーのリスト』
「最高のヒューマン映画。しかし、私は偏屈なところがあってこれを見て腹が立ったのね。・・・こんな話はこれまでにニュースで何度も見せられました。それをいまさらのように劇映画で見せられる。映画は心。心の映画をソロバンで見せられ、その恐怖を感じてしまったんです。スピルバーグが怖くなってきました。監督が私欲で観客をだましたり、おどしたり、金儲けのタネにしていることがわかると、私はヘトヘトになってしまうんです」。

●『太陽がいっぱい』
「これはスリラーじゃない。ホモセクシャルの映画ですよ。なにもの同士の男と男。金持ちの坊ちゃんモーリス・ロネは貧乏なアラン・ドロンをいじめていくうちに愛になっていく。ヨットの上でドロンが坊ちゃんを殺す。これは男同士の最高のラブシーン。ドロンはズックの帆に死体を包んで海に放り込むけど、その死体は紐がついたままついてくる。これは愛する男といたいという愛の執念。そしてラスト。船が港に着いて死体がついてきた。紫色に腐ったロネの手と、ワインを飲むドロンの手。これは愛の握手。二人は心中したのね。怖い怪談だ。ルネ・クレマンの見事な演出。こうした映画を舌なめずりして見られるようになったら最高です」。